雑感 Back Number 14
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| 報い |
| こんなことしていて何になるのだろう、 |
| むだな努力ではないのか・・・・・・ |
| 報われない努力をしていると感じても、 |
| もう少しがんばって続けてごらんなさい。 |
| だれかがきっと見てくれています。 |
| 伝言 |
| おつかれさま。 |
| きょうも一日、よくがんばったね。 |
| だれもほめてくれなくても、 |
| あなたのがんばりはあなたが一番よく知っています。 |
| あなたのおかげで |
| きっとだれかが喜んでくれたはずです。 |
| 階段 |
| 階段とエスカレーターが並んで設置された場所にくると、 |
| どちらを選ぶのか、一瞬躊躇がうまれる。 |
| 結局選んだエスカレーターに乗って |
| 横の階段を上る人たちを、少しまぶしく見ながら |
| 「年だな・・・」と自嘲する。 |
| 便利で楽なのだから、階段など作らずに |
| エスカレーターだけにすればよいのに、なぜか階段がある・・・・ |
| まるで人生の岐路に立つことを想定したような、そんな場所にきて、 |
| まだまだ、と思いたければ、迷わず階段を選ぶことだ。 |
| チャンス |
| もう二度と来ないだろうと思っていたチャンスが |
| 何だか忍び寄ってきている予感・・・・・ |
| 「そんなはずはない」と思いたくなる自分を胸騒ぎが掻きまわす。 |
| いい年をして、と言われても、思い通りの結果にはならなくとも、 |
| いいではないか。 |
| できればもう一度輝いてみたいと思う気持ちは |
| 沈みがちな自分に生きる勇気を与えてくれる。 |
| 自分 |
| よほどのことがないかぎり、 |
| 自分がいやになることなどあり得ない。 |
| 体と心が遊離して、自分がいやでたまらなくなれば、もうそれは病気である。 |
| どんなにくだらないことやバカなことをやっても |
| 自分がいやにならないのは、 |
| どこかでそれを許している、もう一人の自分がいるから・・・・ |
| ”許す”ことを学べ、と神様が作ってくれたもう一人の”自分”である。 |
| 入門 |
| あいさつや立ち居振る舞いが上手にできて |
| 「おりこうさんだねぇ。」と言われるのは、子どもだからです。 |
| 大人がつくった社会の”常識”を忠実に真似ようとする子どもへの |
| 入門許可のような言葉ですね。 |
| 秘訣 |
| 雪国で暮らす人は、足腰の弱ったお年寄りでも |
| めったに雪の上で転ぶことはありません。 |
| どんな足運びをすればよいかがわかっているからです。 |
| うまく説明はできませんが、 |
| そんな歩き方がちゃんとあるのです。 |
| 何でもないことのようですが |
| すごいことだと思います。 |
| 法則 |
| 気温がマイナス10度と聞いても驚かなくなりました。 |
| 一晩で80センチの積雪になっても驚かなくなりました。 |
| ここはそんなところだ、と思ってしまえば |
| たいていのことは乗り越えられるようです。 |
| じたばたしても仕方がないときは |
| あるがままを受け入れる・・・・・・・・ |
| どんな暮らしにも当てはまる法則だと思います。 |
| 雪国 |
| 道路のわずか2,3センチの積雪で街中が大パニックになるところがあります。 |
| 道路に30,40センチ積もっても、 |
| いつもと変わらぬ暮らしをするところがあります。 |
| 厄介な相手を暮らしとどう結びつけて見るかで、 |
| 大騒ぎになるかどうかが決まります。 |
| 雪は降って積もるものだ、と思っていれば腹も立ちません。 |
| それが雪国の暮らしです。 |
| 代用食 |
| 信州では名産といわれる”そば”も”おやき”も、 |
| かつては米が取れない雪国の暮らしのなかで |
| 米の「代用食」として食べられてきたものです。 |
| 有り余る米が楽に手に入るようになって、 |
| かつての代用食は高価な「嗜好品」になってしまいました。 |
| 代用食が高価になり始めると、 |
| それを作っていた山里はさびしくなっていくのです。 |
| 雪 |
| 「雪は戦うもんじゃねぇな。仲良くするもんだ。・・・・・・・」 |
| 集落の師匠が言います。 |
| 今の何倍も降って積もっていた昔を知り尽くしている人が、 |
| 雪とは戦ってもだめだ、と言います。 |
| 屋根雪おろしも、雪かきも、楽しいと思わなきゃあ、 |
| それが苦痛になってしまうと、こんな所では生きていけない、というのです。 |
| 雪国暮らしはまだ新米ですが、 |
| 1メートルを超える屋根雪を下ろしながら |
| その言葉の意味が少しわかるような気がしています。 |
| 思 |
| 失うことを恐れすぎると |
| すぐ近くまできていた新しいものが |
| 遠慮して去っていく。 |
| 生きる力 |
| 愛しいと思う相手がいることは |
| 我々が想像する以上に人が生きる力になっている。 |
| 孤独が好きだ、などと言うのは |
| そんな相手のいない負け惜しみか、愚者のたわごとである。 |
| 「あしたもがんばろう!」と思う気持ちが湧くときには |
| 間違いなく身近に愛しい者がいる。 |
| 流れ |
| かつて上流でごつごつした岩のかけらだった自分が、 |
| 流れにもまれ、幾度もぶつかり、こすれていくうちに |
| 気がつけば下流で丸い石になりつつある。 |
| 丸くなったからといって何かの役に立っているとは思えないが、 |
| 多くの仲間たちと重なり合っておだやかな河原の風景を作り出すことくらいは |
| できているのかもしれない。 |
| 下流の河原がなければ、 |
| 上流のせせらぎもない。 |
| 法則 |
| 愛情は信頼から生まれる。 |
| 信頼は安心から生まれる。 |
| 安心は心配りや心遣いから生まれる。 |
| だが、 |
| 心配りや心遣いから一気に愛情は生まれない。 |
| 間違えてはならない法則だ。 |
| 一日 |
| 笑って終わる一日と涙で終わる一日があるとしたら、 |
| だれだって笑って終われる一日を選ぶ。 |
| 涙で終わった一日の、砂をかむような虚しさを知っているからだ。 |
| そんな日がまた来るかもしれないという不安に負けないためにも |
| 笑って終われそうなときは、しっかり笑って眠りに就きたい・・・・ |
| 極意 |
| 年をとれば老いますが、 |
| 老いよりも年の方に先走らせることが大事です。 |
| 老いは少しおくれて、あとからついていく・・・ |
| それがどうやら達人の極意のようですが、 |
| どうすればそんなことができるのか、それが問題です。 |
| だまっていると、 |
| 足の速い”老い”が”年”を追い越してしまうことだけは確かなようです。 |
| 時効 |
| 「十年ひとむかし」と言うのは、 |
| どんなつらいことも、いやなことも、痛かったことも、 |
| 十年で”時効”になるということでしょう。 |
| 一人の人間が重荷を背負って歩ける距離には限界がある、と |
| 教えてくれているのです。 |
| 辛抱して時効になるのを待つのも一つの方法ですね。 |
| 死語 |
| ”もったいない”を死語にしてしまったのは、 |
| もったいないを最も忠実に実践して生きてきた人たちである。 |
| わたしもまちがいなく、その一人である。 |
| 強いとは |
| 倒れるとは到底思えない大木が、強風や大雪であっけなく折れる。 |
| ひ弱そうに見える小枝は、 |
| 逆らう術を持たないかわりに、風や雪にもまれながらも折れることはない。 |
| 真に強いとは、 |
| 途中はぶざまでも |
| 風や雪がおさまったときに生きていることである。 |
| 迷い |
| 迷い始めてから、後悔はするものです。 |
| 迷いもないのに後悔していては |
| あれこれ迷うこともできません。 |
| 決断にむかって腹をくくる前には |
| 存分に迷うことが肝要です。 |
| ふだんそんなことは決してしないのに |
| 迷うと、人は考え得るすべての可能性を吟味するではありませんか。 |
| 言 |
| 愛されると、人はやさしくなれる。 |
| 愛すると、人は強くなれる。 |
| 意味 |
| カウントダウン? |
| 何をそんなに浮かれて騒いでいるのですか。 |
| まあ、誰にも迷惑をかけるわけでもないのでいいのでしょうが、 |
| 自分の人生の終焉に向かってのカウントダウンでもあるのだということも |
| どうぞお忘れなく・・・・・ |
| 若者へ |
| 年をとってくると、 |
| 君たちのころには決して受け入れられなかった、 |
| 世の中の”不純なもの”がわりと抵抗なく受け入れられるようになってくる。 |
| 不純なものが持つ毒素を無毒化する酵素が働いているのか、 |
| 多少の副作用はあるが、まあ何とかうまく消化してしまうんだな。 |
| そんな”酵素”を持つというのが、年をとるということかも知れないが、 |
| 君たち若者は、”純粋なもの”しか消化できないんだから、 |
| 決して真似をしてはいけないよ。 |
| 密度 |
| いっしょに遊んでも、酒を呑んでも、楽しく話しても、 |
| それで友情や愛情が深まるとは限らない。 |
| 人と人との関係を決定づけるのは、 |
| ともにいる時間の長さではなく、 |
| 共有した時間の”密度”である。 |
| ”密度”とは緊張のなかに一瞬きらめく閃光のような、 |
| 互いを響かせるリズムである。 |
| 一年の終わりに |
| ”いろいろとありましたねぇ・・・・・” |
| そう言って過ぎた日をふりかえることができるならば |
| ”いろいろあった”ことはすでに消化済みです。 |
| もう消化不良で胃を悩ますこともないでしょう。 |
| 呼称 |
| 歳を重ねたからといって「年寄り」や「老人」になれるわけではない。 |
| 世間でそう呼ばれることを受け入れたときに、 |
| はじめて年寄りや老人が誕生する。 |
| 金輪際そんな呼称はいやだ、と正当にゴネていれば |
| 外見がいくらそのように見えても、 |
| だれも「老人」などと失礼な呼び方はしない。 |
| 密約 |
| 家族のきずなは家族みんなの「密約」です。 |
| 互いに裏切らず、助け合い、認め合い、愛し合う・・・・・・ |
| 密約なので表に出ることはありませんが、 |
| 「そんな約束をした覚えなどない!」と一人でも言いだすと、 |
| まるで魔法がとけたようにきずなは消えていきます。 |
| 一味 |
| 問題は |
| ”だれ”がそんなことをしたかではなく、 |
| ”なぜ”そんなことが起こったのかという原因である。 |
| この順番をまちがえると、 |
| ”だれ”に該当しなかった者たちが問題から遠ざかる。 |
| 明らかに原因を作った一味であるのに・・・・・ |
| 不覚 |
| 若者は昨日のミスを嘆く。 |
| 老人は何年も前の失敗が忘れられない。 |
| ともに取り返しがつかないということでは共通しているが、 |
| ”しまった!”という思いが沈む深さには |
| 大きなちがいがある。 |
| 遊び |
| 無心に遊ぶ子どもたちを見てみるといい。 |
| 在るものを消費するだけの行為には興味を示さない。 |
| 彼らの”遊び”は常に何かを創り出しているではないか。 |
| それが”遊び”だ。 |
| 遊びにも本物とそれらしき偽物がある。 |
| 場数 |
| 「場数を踏む」と言う。 |
| 経験が何よりの味方だという意味だが、 |
| 昨日の失敗や今日の思い通りにいかなかった事実も |
| 間違いなく自分の踏んだ「場数」の中に入っている。 |
| 踏んだ場数が肥料になって |
| 何年か先に芽をだす種が今育っている。 |
| 汗 |
| 楽をして簡単に手に入れた”もの”が、 |
| 汗を流し,苦労して手に入れた”もの”を笑い、 |
| 見下す世の中にはなってほしくない。 |
| 一度汗を流して何かを手に入れてみるとよくわかるのに、 |
| 楽をする方法を覚えると、だれもが気付かないふりをする。 |
| 抱 |
| 幼い日の |
| 息ができないほどきつく抱きしめてもらった記憶が |
| 人を愛する気持ちの源になる。 |
| 子どもや孫ができたらぜひやってあげなさい。 |
| 乗車券 |
| 君もわたしも、生まれたその日に、 |
| 人生というレールを走る電車の乗車券を手に入れました。 |
| 行き先がどこなのかが書かれていないのは、 |
| 生きていくうちに”あぶりだし”の字のように少しずつ見えてくるからです。 |
| 十分に生きると、 |
| ああ、ここに向かって走っていたのか、とわかってくるでしょう。 |
| そんな乗車券がいま君の手の中にあるのです。 |
| 動機 |
| 仕方なしに始めたことは、たいてい仕方なしに終わる。 |
| 始める動機に不純なものを含むと |
| 途中どんなに精魂を傾けても |
| 出された結果には最後まで不純なものが残ってしまう。 |
| 充電 |
| なんとなく”さびしくなる”というのは、 |
| こころを温めてくれる熱が残り少なくなって、 |
| 要充電を知らせるサインが点灯しはじめているということ。 |
| 充電すればよいとわかっていても、 |
| 電源コンセントが見つからない・・・ |
| そんな状態を言う。 |
| パッと・・・ |
| 一生懸命やっているのに、一向にパッとしない・・・・・ |
| なぜだろうと考える前に、 |
| ”パッとする”とはどんな姿を想像していたのか、を思い起こすことです。 |
| その目標にはまだ届かないかもしれませんが、一生懸命やって、 |
| 少なくとも現状から後退はしていないはずです。 |
| 「現状維持」も立派な成果だと思うのですが・・・・・ |
| 花と土 |
| 親が子に託す願いの質と量によって |
| 子は育ち方を左右される。 |
| ”立派な花を咲かせろ!”と、花の美しさばかりを強調されると、 |
| かりに花は咲かせても、その花を支える茎は細くなり、根は広がる力を失う。 |
| ”立派な土を作れ!”と言い聞かされて育てば |
| どんな花が咲くかはわからなくても、 |
| 風や雨で倒れるヤワや茎や根にはならないだろう。 |
| 我が子にどんな願いを託したのか、託そうとしているのかを |
| 花と土で考えてみるとよいだろう。 |
| 旗印 |
| 取り巻く周囲の状況がどう変わっても |
| ”生きざま”だけは鮮明にしておきたい。 |
| 他人がそれを見てどう言おうが、どう評価しようが、 |
| 知ったことではない。 |
| おれはこうやって生きる、という旗印だけは高々と掲げておこう。 |
| 旗印を降ろすのは、 |
| 負けて逃げるときか、息絶えるときだと心得たい。 |
| 正直 |
| 正直でありたい。 |
| やむをえずウソをつくときも、 |
| ドキドキしながら、ごめんなさいと心の中で言える者でありたい。 |
| 聖人君子にはなれなくても、 |
| 正直な人間にはなれそうな気がする。 |
| 幸せ |
| 満たされて、温められて、 |
| 心や魂がやわらかくなって |
| 叶いそうもない“夢”もみることができる・・・・・ |
| それが「幸せだ」ということです。 |
| 家族 |
| 明日食べる米がない暮らしはさすがにお断りだけど、 |
| 家族で何とかやっていける暮らしがあるなら |
| それで十分です。 |
| 節約し、倹約して家計を保つ知恵があれば |
| ささやかではあっても”しあわせな時”は忘れずにやってきてくれるでしょう。 |
| 笑顔や笑い声で満たされた時間が、 |
| 質素な食卓を豪華にしてくれることもあるし、 |
| 謙虚につつましく生きていればきっといいこともあります。 |
| 連帯 |
| 若者が何を考えようが、それはいい。 |
| しかし、若者が何をするか、には注目する。 |
| 世代、年代は彼ら固有の専有物ではなく |
| われわれと深くつながっていると思うから・・・・・ |
| 若者が倒れれば、われわれ年寄りも共倒れ、 |
| 若者が夢を失えば、われわれは枯れ野に立ちつくすことになる。 |
| 親 |
| 親になれるだろうか、などと心配しなくてもいい。 |
| 愛情を注ぎ、慈しんでやれば、 |
| 子どもがちゃんと”親”にしてくれる。 |
| 時代 |
| そんな時代もあったねと、いつか話せる日がくる・・・ |
| あんな時代もあったねと、きっと笑って話せる・・・・・ |
| 私の好きな歌の歌詞です。 |
| これを聴くといつも目の奥がツーンと熱くなるのです。 |
| ”あんな時代”や”そんな時代”が確かにあったなぁ・・・・・・ |
| 笑いながら話せる”日”を迎えているのかもしれませんね。 |
| 遅刻 |
| 約束した時間の十分前にそこに立っている人は、 |
| その何倍もの時間を「遅れてはいけない」という気遣いに費やしている。 |
| 平気で何分も遅刻してくる人には想像もつかない”誠意”だ。 |
| そんな誠意を大切にして生きている人は、地味で目立たなくても |
| 遅刻も平気な人間よりはるかに人間らしく生きている。 |
| たわ言 |
| 仕事や学業に汗を流し、 |
| 日々の暮らしや家族を守り、明日のささやかな夢を育み、 |
| 一日の終わりに感謝し、安らかな眠りに就く・・・・・ |
| 毎日一向に変わり映えはしなくとも、 |
| それが「大地に足をつけて生きる」ということ。 |
| 楽をして、おもしろおかしく、一獲千金を夢見る暮らしがいい、などとは |
| 浮草のようにふわふわ浮いている者のたわ言です。 |
| 真実 |
| ”事実”は見えても”真実”は残念ながら目には見えない。 |
| ”真実”は唯一「心」で見ることができるもの・・・・・・ |
| 紙上に「直線を描け」と言われれば描けるが、直線の定義を知れば、 |
| それは直線のつもりでもそうではないことがわかる。 |
| 無限に続く直線は心の中で見るしか方法はない。 |
| 豊かな、澄んだ心を持て、というのは |
| 身の周りにある”真実”をきちんと見るためである。 |
| 辛抱 |
| いやなものはいやだ、と言いたいものです。 |
| それで壊れる関係がかりにあっても、 |
| そんなことは知ったことではない、と言ってみたいものです。 |
| そうですね、今は無理でも、 |
| そのうちそんな時が必ずやってくるでしょう。 |
| もう少しの辛抱です。 |
| 弱さ |
| 一人でいれば心細くなる・・・ |
| 襲いかかるストレスにくじけそうになる・・・・ |
| 他人の非難や何気ない一言でへこんでしまう・・・・ |
| この先どうなるのだろうと不安で落ち込んでしまう・・・・ |
| どれもみんな”弱さ”と言えばそうですが、 |
| こんなことに平気で耐えられる人間なんていません。 |
| 自分の”弱さ”と折り合いをつけながら、みんな何とか耐えているのです。 |
| 弱いのだと責めてはいけません。 |
| 納得 |
| 何十年か分の時間と |
| 立ったり横になったりできる地上のほんのわずかの場所を |
| 産声をあげたときに天からわけてもらいました。 |
| 地球や宇宙の歴史からみれば、針で突いた点の何百万分の一ほどの |
| ほんとうにかすかな、小さな一点です。 |
| 意気がってみても、それが私やあなたに与えられた時空、つまり「人生」・・・・・・ |
| 星になったつもりで地上であくせくしている自分をみると |
| なるほど、そういうことなのだ、と納得できませんか? |
| 謙虚になることですね。 |
| 悩み |
| 悩みの多くは、自分とつながる人間関係から生じる。 |
| 断ち切りたくてもできない関係がある以上 |
| そこから発生する問題は次々にやってくるだろう。 |
| 逃げるわけにはいかないこれらをどう理解し、受け入れるか・・・・・ |
| 一つひとつ乗り切るしかないのは自明だが、 |
| 自分だけがなぜ?・・・とは思わないことだ。 |
| 平和そうな顔をしている人の多くも |
| 見えないだけで、似たような悩みの渦中にある。 |
| 友情 |
| 男女のあいだに”友情”は存在するかって? |
| 相手を異性として意識しなくなれば可能でしょうが、 |
| ふつうはまず無理でしょうね。 |
| 神様はそんなややこしい関係まで想定して |
| 男女を創ってはいないでしょう。 |
| 男女の間にある感情は、それがどんなに”友情”に似ていても |
| まったく別のものだと心得るべきです。 |
| 善人 |
| ”おれは悪人だ”と思う人間はいても、 |
| ”おれは善人だ”と思う人間はいない。 |
| なにゆえに?・・・・・・・ |
| 悪はわかりやすいが、「善」はわかりにくいからだ。 |
| 悪人もときには善いことをするが、 |
| 善人は決して悪いことをしない、と思い込んでいるから |
| 自称“善人”は永久に現れない。 |
| ふたり |
| つらい一日だったね。 |
| 何とか乗り切って夜床についたら、 |
| 「よくやった!」と自分をほめてあげなさい。 |
| あしたもきっと大変だろうけど、 |
| そうしてほめてくれる”自分”が元気でいるかぎり大丈夫! |
| あしたも”ふたり”で力を合わせて頑張りなさい。 |
| 危機 |
| 足元を見ないかぎり、 |
| 自分の靴ひもがとけていることには気づかない。 |
| 危機は、 |
| その兆しは以前からあるのに、見ようとしないから |
| ふりかかる。 |
| 一歩 |
| 歩き始めた方向がまちがっていても、 |
| それと気づけば何とか目的地にたどりつける。 |
| 歩き始めようとする方向はまちがっていなくても、 |
| 一歩を踏み出さなければ、永久に目的地にはたどり着かない。 |
| 大切なのは、方向ではなく、 |
| いつも最初の一歩である。 |
| 教育 |
| 「醜悪」という言葉が示すように、 |
| 「醜い」ものは「悪」である。 |
| 人の誠意や善意を裏切り、弱い者を見下し、 |
| 人を踏み倒してでも自分だけはいい目に会いたいと思う卑しさ・・・・・ |
| それに近いことはだれでも一度や二度はやっているが、 |
| それでも、醜い人間にならずに済んだのは、 |
| それが「醜い」ことだと知っていたからだ。 |
| 醜さとは何かを教えるのはだれが何と言おうと教育の役目である。 |
| 親も、学校も、その一点に関しては手抜きは許されない。 |
| 育ての親 |
| 幼い日、だれとどんな会話をしたか、など一々覚えてはいない。 |
| だが、 |
| 会話をした相手がまちがいなく”私”を育み、大人にしてくれた。 |
| 過去に”私”につながった多くの人たちが |
| ”私”の育ての親である。 |
| 宿題 |
| 歩んできた道の長さ、積み上げてきたものの高さ、 |
| 乗り越えてきた障壁の数、出会い、別れた人の数、 |
| 切り離してきたものの重さ、過ぎ去った時間の彩り・・・・・ |
| 他人はだれも「まとめ」に手を貸してはくれないので、 |
| それらが“私”にとって何であったのか、を |
| 残された時間をつかって意味づけること・・・・・・ |
| それがどうやら最後の宿題になりそうです。 |
| 友へ |
| よく生きよ。 |
| 君にできる最善の誠意をもって |
| 力のかぎりよく生きよ。 |
| 得体の知れない”何か”に流されるな。 |
| 周囲の雑音に耳を奪われるな。 |
| 君の意志で今日という日、今という時を生き抜け。 |
| 今日が終われば、 |
| 明日歩く道はおのずと見えてくる。 |
| どんなことがあっても |
| わたしの好きな、あの”君らしさ”を見失うな。 |
| よりどころ |
| 遠く離れて直接の助言はもらえなくても、すでに故人であっても、 |
| その人がいてくれるから大丈夫、と思える人がいる。 |
| 誰かに見守られている、と思えることほど心強いことはない。 |
| 子どもが安心して笑顔でいられるのもそうだし、 |
| さびしさや辛さが乗り越えられるのも、 |
| 仕事に全力で取り組むことができるのも、 |
| そこにはいつも頼れる人がいる・・・・・ |
| 自分のことをだれよりも分かってくれる人がいる・・・・・・ |
| 一人で立ち向かうには手ごわすぎる相手であれば |
| ほんの少し力を借りてもいいだろう。 |
| 薬効 |
| “時間”が薬になることがある。 |
| 即効性はないが、薬効は確かだ。 |
| 痛くてたまらないときには、そんな薬など欲しくもないが、 |
| 傷が癒えてみると”いい薬だった・・・”ということがわかる。 |
| 十年前のけがの痛さを覚えている者などいないだろう。 |
| 恩返し |
| 生涯現役・・・と言えることが一つだけあるとしたら、 |
| それは命を燃やして精いっぱい生きるということ。 |
| 華々しく派手に生きることなど必要ない。 |
| 静かで、地味で目立たなくても、 |
| 与えられた命でしっかりと生きる日々を送れたら、 |
| この世に送り出してもらった恩返しはできる。 |
| 意味 |
| 風がなくても舞い落ちる木の葉・・・・ |
| きっと自分の葉としての役目は終わった、とわかったのでしょう。 |
| やがて土に還り、自分を育ててくれた木の養分になります。 |
| こんなにもはっきりと、 |
| 生きることの意味を教えてくれる営みが |
| ほんの身近なところにもあるのです。 |
| 待ちぼうけ |
| いつまで待っても現れないのは、 |
| やってくる意志がないからでしょう。 |
| 待ちぼうけを味わいたくなければ、待つのをあきらめるか、 |
| こちらから出向くしかありません。 |
| おもしろくなくても、腹が立っても、 |
| 方法はそれだけです。 |
| すき間風 |
| すき間風の吹き込む部屋で酸欠はおこらない。 |
| 窒息しないように |
| 心にもすき間風が吹くことがある。 |
| 心配はいらない。少し寒いのを我慢していれば |
| やがてまた元のように温まる。 |
| 意味 |
| 「さびしさをいやす」とは言わない。 |
| さびしさは「まぎらわす」と言う。 |
| どうがんばっても癒せないものなのだ。 |
| 知っておくとためになる話である。 |
| 学校 |
| 人間は生涯にいくつもの“学校”を卒業する。 |
| 学ぶ対象と意志があれば、いたるところが”学校”だ。 |
| 卒業したつもりでも、再入学することだってある。 |
| 入学したがすぐに退学することもある。 |
| 学校だと知らずに卒業することもある。 |
| 知識や技術、ものの見方・考え方を学べるところ・・・・・ |
| 今立っているところも”学校”なのだと思わないか。 |
| 自戒 |
| 悟ったようなことを言うものではない、と自分に言い聞かせている。 |
| まだまだ人生、修行中の身ではないか。 |
| 悟ったわけではないが、少し見えてきたことはある。 |
| そんなものが綴れたら・・・・と思う。 |
| 日々絶筆!!・・・・ |
| 許容 |
| ”団塊の世代”・・・ |
| そんな名前をつけてくれて、「ありがとう」と言うべきかもしれない。 |
| 別にいいネーミングだとも思わないが、 |
| 世代に名前を冠してもらえることはまれではないか。 |
| 大きな塊(かたまり)は、懸命になって |
| 大きな仕事をしてきたことさえ忘れなければ、 |
| そう呼ばれることも許容できる。 |
| 反映 |
| 外見は必ずしも内面を反映しない。 |
| だが、 |
| 内面はかならず外見に反映する。 |
| 一見矛盾しているが、 |
| 見る目を持つ人がみれば、何でもない、あたりまえの事実である。 |
| 免疫 |
| ”腹が立つ”というのは、 |
| そのことを受け入れて自分が壊されるのを防ぐ、 |
| 心の免疫活動である。 |
| 継続 |
| どんなにつまらない、意味がないと思われることでも |
| 続けることで”力”となり、値打ちが出てくる。 |
| 「どうせ三日坊主だろう。」と笑っていた周囲の人たちも、 |
| それが一か月、一年と続けば表情が変わるだろう。 |
| ”評論家”には、同じ評論を一年も続ける度胸などない。 |
| わき目をふらずに続けてみることだ。 |
| 願い |
| きょうはいい日だった・・・・・ |
| あすもこんな日であってほしい・・・ |
| そう願うだけなら |
| 誰にも迷惑をかけず、毎日だってできそうです。 |
| 遠慮せずに願ってみましょう。 |
| もとめる |
| すれちがう、追い越す、追い越される・・・・・ |
| 人との出会いや別れにはこの三通りの姿があるようです。 |
| どれも時間とともに相手は自分から離れていきますが、 |
| それは寂しさやつらさをともなうもの・・・・・・ |
| だから唯一どれにもあてはまらない”いっしょに歩く”ことを |
| 人はもとめるのでしょう。 |
| 自省 |
| そろそろ顧みること・・・・ |
| 人生の指針となり、尊敬に値する師に出会えたか。 |
| だれかの役に立つ仕事はできたか。 |
| 好きになり、愛することのできる相手に巡り合えたか。 |
| かけがえのない友はいるか。 |
| 青春は熱い血潮で満たされていたか。 |
| 二度と味わいたくない別離のつらさを経験したか。 |
| 心に残る風景がまぶたの裏に焼きついているか。 |
| 叶わないが、もう一度会いたいと思う人はいるか。 |
| そして何よりも |
| いまはそれなりに幸せだと思えるか・・・・・・・ |
| これからどう生きるかを問うために |
| 答えをみつけておきたいと思う。 |
| うしろ姿 |
| 自分の体の一部でありながら、 |
| ついに生涯実物をみることのない自分の”うしろ姿”・・・・ |
| 体でさえそうなのだから、 |
| 心にもきっと、見たくても見えない”うしろ姿”がある。 |
| それがときどき顔を出し、 |
| 主(あるじ)を悩ませる。 |
| 助言 |
| これから“家庭”をつくろうとしている君たちへ。 |
| おはよう、いってきます、ただいま、おやすみ・・・・・・・ |
| この言葉が絶えない関係を全力でつくりなさい。 |
| つべこべ理屈を言わなくてもよろしい。 |
| 新米 |
| やはり新米はおいしいですって? |
| そうですね。その美味しさを味わいながら |
| ぜひ新米の米つぶの白いかがやきの向こうに |
| その米を育てた人の汗が見える人でいてください。 |
| スタートライン |
| 「一から出直します・」・・・・ |
| 「ゼロからやり直します・」・・・・ |
| 威勢がいいのはよいが、失敗の原因が分かっているのなら、 |
| 一やゼロからの出発ではだめだ。 |
| ゼロのもっと前に、スタートラインを引かなければ・・・・・・ |
| ゼロまで全力で疾走すれば、ゼロにたどり着くころには |
| 一から先の道も見えてくるだろう。 |
| 陰陽 |
| プラスを”陽”とし、マイナスを”陰”と表す。 |
| 「マイナス=陰」があまりよいイメージで使われないのは |
| 減る、さがる、引く、かげ、低いなどの訳語の語感による。 |
| プラスがあれば必ず対極としてマイナスが存在するというのは |
| 宇宙の根本的な原理・・・・・ |
| ”陰”が”陽”に勝る数少ない用例は |
| 検査結果で「心配ない」と言う意味として使う「陰性」であろう。 |
| おつな計らいである。 |
| 勉強 |
| 若いころにした勉強がいま自分の役に立っているかどうか・・・・ |
| 判断は次の二点で可能である。 |
| それを使って仕事をし、飯を食ってきたか。 |
| 自分は何者であるかを見つめる手助けになっているか・・・・ |
| 波紋 |
| 静かな水面ほど、 |
| 落とした小石の波紋が大きくなる。 |
| 能力 |
| どんなに優れたものを持っていても、 |
| 求められる能力は年とともに変わっていくものだ。 |
| 記憶力のいい年寄りはきらわれる。 |
| 向き不向き |
| 向き不向きがある、というのは本当でしょう。 |
| 不向きでもやれないことはないでしょうが、 |
| ひどく苦労をします。 |
| 何よりも「これは自分には向いていない」と思ういらだちが、 |
| 結果や成果の水準をさげてしまいます。 |
| 楽しくやりたいなら、”向いている”と思うことにするべきですね。 |
| 一件落着 |
| 年寄りに課せられた使命をご存じか? |
| 若い者の”足手まとい”になることだ。 |
| 物わかりのいい、扱いやすい年寄りになってしまうと彼ら若者は、 |
| やがて自分も年をとるということを忘れてしまう。 |
| だから、世話をやかせ、困らせ、あきれさせろ。 |
| 年をとると人はみなこうなる、という姿を包み隠さず見せつけろ。 |
| これにて一件落着! |
| 思い込み |
| 的をはずれた”思い込み”は困るが、 |
| 思い込まなければ針に糸を通すことだってできやしない。 |
| こうする!これしかない!・・・・・ |
| その決意が、見えなかった「針の穴」を見せてくれる。 |
| 説く者 |
| 声高に「・・・しなければならない!」と叫ぶ者には気をつけよう。 |
| 他人にその必要を説く者にかぎって、 |
| その正反対のことを人並み以上にやっている。 |
| 証し |
| 自分の力で”生きている”と思う時期がある。 |
| 誰かの力で”生かされている”と感じるときがある。 |
| 両者の比重が少しずつ変わっていくことが、 |
| 長く生きてきたという証しかもしれない。 |
| わかりやすく |
| わかりやすく生きるのがいい。 |
| あの人はこんなものを大切にしながら、こんな生き方をする人だ、と・・・・・ |
| そこがあやふやになり、複雑になればなるほど、 |
| わかりにくい人だ、ということになり、 |
| 接する側の身がまえが固くなる。 |
| 記憶 |
| 「悪いことは重なる」というが、 |
| 実はいいことも重なってやってくる。 |
| いいことはすぐにおいしく味わってしまうので |
| 悪いことの方だけが記憶という器に残ってしまう。 |
| 星に願いを・・・ |
| 夜空の星に願いをかけたくなるのは |
| こころがほどよく満たされているときです。 |
| 切迫した、緊急の願いは空を見上げてはしないでしょう。 |
| ”よくばり”などとは言わないので |
| たまには星に願いを託してみるのもいいですね。 |
| 十人十色 |
| ものごとの見方、感じ方に違いがあるのは |
| たくさんの人間が生きるために必要だからでしょう。 |
| みんなが同じように見て同じように感じていたのでは |
| 進化も工夫も選択もありません。 |
| もちろん恋人や伴侶を選ぶこともできません。 |
| ”十人十色”だからおもしろいのです。 |
| あなたも私も”十人”の中の一人です。 |
| 若い君へ |
| そうです、今はとにかく精いっぱい輝いてください。 |
| “若さ”というのは、輝くことが許される、君たちだけの特権なのですから、 |
| 思う存分、悔いのないように輝いてください。 |
| そして、輝いているうちに君らしい人生の指針や方向を見つけてください。 |
| いつまでも続くと思われる輝きも、 |
| いずれそのまぶしさは消えていきますよ。 |
| 実る |
| つい最近まであれほど平身低頭だったのに、 |
| 地位や肩書が増え、社会的な立場が大きくなると、 |
| 急にふんぞりかえる人がいます。 |
| ふんぞりかえると、見えるのは目線より上にあるものになり、 |
| 下のものは視野から消えてしまいます。 |
| 視野から消えた人たちは苦笑いしながら |
| 「所詮それだけの人間だった・・」と去っていきます。 |
| ・・・実るほど頭を垂れる稲穂かな・・・ |
| 夢 |
| 「夢に出てきます。」などと言いますが、 |
| あれはウソでしょう。 |
| 本当に大切だ、かけがえがない、と思っていることは |
| そう簡単に夢になど出てはきません。 |
| 疑問 |
| 現役時代に輝く実績をあげ、周囲をうならせた人が早々と引退し、 |
| 全国を講演して回っている、と聞くと |
| どこか”ウソくさい”匂いを感じてしまう。 |
| 講演するような中身があるなら、 |
| なぜ現役をやめたのか・・・・・・・ |
| 同じ職場で今も悪戦苦闘している者には、 |
| そんな素朴な疑問が残る。 |
| 終着駅 |
| だれにもいつかたどり着く終着駅がある。 |
| 生涯に降り立つ終着駅は一つや二つではないだろう。 |
| 終着駅を始発駅にするために |
| 人は懸命に生きている。 |
| 知恵 |
| 勝負は勝つためにするものだ、と若者は思う。 |
| 勝負は負けなければよい、と年寄りは思う。 |
| 勝てなければゼロだ、とは考えない知恵を |
| 長い時間かけて苦労しながら手に入れてきた。 |
| その知恵のおかげで、今日もこうして生きている。 |
| 小心 |
| 小心な自分を嘆かないでください。 |
| 確かに、もっと大胆に思い切りができたら、 |
| 今ごろちがう道を歩いていたかもしれません。 |
| でも、 |
| 小心で、臆病で、用心深い自分だったからこそ |
| 踏み外すこともなく、ここまで歩いてこれたのかもしれません。 |
| きっとそうです。 |
| 秘訣 |
| いやな年寄りにならない秘訣・・・・・ |
| 近頃の若い者は!・・・と大いに怒り、反論されても引き下がらないこと。 |
| しかし、俺たちの若いころは・・・とは口が裂けても言わないこと。 |
| 年寄りには年寄りの矜持がある、と信じて譲らないことだ。 |
| 頑固で不器用なことを恥じるな。 |
| 「お若いですね。」と言われることを恥じよ。 |
| 願い |
| あなたに出会えてよかった・・・・・ |
| 心からそう思います。 |
| めいわくはかけませんので、もうしばらく |
| 私の中にいてください。 |
| 一日 |
| 無為に過ごした一日と、 |
| ささやかでも何か事実をつくった一日と、 |
| 今日だけではわからないが、十日も続けばわかってくる。 |
| 自分がいやになるか、好きになるか・・・・・ |
| 日々 |
| 何かをなし終えつつある日々か否か・・・・・・ |
| 自分に問うのはその一点のみ。 |
| 伝言 |
| 麦飯を主食とした最後の世代だから、 |
| 一言言っておきたいことがある。 |
| 栄養?自然食?ダイエット?どんな理由をつけようと、 |
| 麦は米といっしょに食べるものではない・・・・・ |
| 予感 |
| いつかこんな日がくる・・・・という予感があたって |
| こんな日が来てしまったら、 |
| しかたがありません。観念するだけです。 |
| 不意に現れて驚かされるよりマシだった、と思うことですね。 |
| 豊かさ |
| 便利なものをたくさん所有し、 |
| 便利な環境に囲まれ、 |
| 便利になったと感じる暮らしをしていても、 |
| それは”豊かな暮らし”とはちがう。 |
| ”豊かさ”はそんなものとはちがうはずだと知っておかないと、 |
| おそらく生涯本物の“豊かさ”には出会えまい。 |
| 便利さは待っていれば与えてもらえるが、 |
| ”豊かさ”は自ら探し求めないと手には入らないものだからだ。 |
| 今日と明日 |
| わたしにとって最高にうれしい今日が、 |
| 君にとってはつらい一日ということもある。 |
| 同じ”今日”という一日を |
| たまたま違う船に乗って流れただけのこと・・・・ |
| なあに、あしたになれば船が代わって、 |
| ちがう景色が見られるはずだ。 |
| 気持ち |
| あなたは大事な人だ、ということを |
| こんなかたちでしか伝えられない不器用な人間です。 |
| どうか笑わないで受け取ってください。 |
| ささやかな気持ちです。 |
| 助言 |
| いくら相手が真剣でも、 |
| 心にひびかない”助言”はすべて「たわごと」である。 |
| そう思って、聞き捨てておけばよい。 |
| 忠告 |
| はっきり言って、 |
| おもしろくないことはやらないことです。 |
| おもしろいと思わないのに手を出すから、 |
| 結末や結果に腹が立つのです。 |
| 別れ |
| 笑って手をふりながら別れた人、 |
| 涙とともに別れた人、 |
| 心ならずもけんか別れになってしまった人・・・・ |
| 出会いがいろいろあったように、別れもさまざま、 |
| しかし、別れたときを思い出せる人の数だけ、 |
| 自分の人生は輝いたのだと言えませんか・・・・・・・ |
| 意志 |
| 飼いならされると、知らず知らずのうちに |
| 主人の差し出す”無理難題”も自分の使命に思えてくる。 |
| ”飼いならす”とは、そういうことだからだ。 |
| 生きるために飼われるのも仕方がないこともあるが、 |
| 飼いならされてはならない。 |
| 惹かれる |
| 男はいいが、女性に年齢を聞くのは失礼だって? |
| バカなことをいうもんじゃありません。 |
| まっとうに生きてきた紛れもない”証拠”を隠して |
| 一体他の何を見せようとするのですか?・・・・ |
| 胸をはって自分の年齢を誇る女性に惹かれます。 |
| 素直に |
| みんなに等しく見えているのに、 |
| 見えていないふりをする・・・・ |
| そこに向かってみんな歩いているのに、 |
| 無理をして気付かないふりをする・・・・・ |
| 気にし始めると滅入ってくるのは確かですが、 |
| 視野に入ってきたのなら素直に目を向けるべきですね。 |
| 人生の”ゴール”・・・・・・ |
| 問い |
| サボったり、怠けたりしているわけではない、 |
| 自分なりに精いっぱい頑張って生きている。 |
| だが、「ほんとうにこれでいいのか?」・・・・・ |
| そう自分に問いかけてみたくなるときは、、 |
| きっとどこかで自分に”ウソ”をついている。 |
| 笑顔 |
| 愛してもらっているという安心感、充足感が |
| 唯一人間の表情を和らげる。 |
| 笑顔の素敵な人になるには、 |
| だれかに愛されていなければならない。 |
| 平穏 |
| ”幸せ”を感じるには、それなりの努力と能力が必要です。 |
| 明日を価値あるものとして生きようという意志がなければ |
| 今の充足感は「しあわせ」ではなく、ただの「平穏」なのです。 |
| ”幸せ”にはそうなりたいという意志が欠かせません。 |
| 多くの人は「平穏」と「幸せ」を混同しているようです。 |
| 気持ち |
| 人がやさしい気持ちになれるのは、 |
| 哀しい気持ちを知っているからだ。 |
| どこでどうつながっているのかは定かではないが、 |
| 二つの気持ちにはたしかに関係がある。 |
| もしかすると、元は一つだったのかも知れない。 |
| だから、 |
| どちらか一方を失うと、もう片方も消滅する。 |
| 再登場 |
| 年寄りはひっこんでいろ、と言われればそうしましょう。 |
| 無理をして出しゃばるまでもありません・・・・ |
| だが、行き詰ったからといって、 |
| 再登場を期待するのはやめてほしいな。 |
| 若い世代に協力はしたいが、 |
| ふりまわされるのはごめんです。 |
| 恥 |
| 口をもぐもぐさせながら人前に出ることを可とする文化は、 |
| 電車の中で携帯電話を使う行為にも |
| 公衆の中で化粧をなおす行為にも |
| 寛大である。 |
| 教訓 |
| ”早くあしたが来ないかなあ”・・・と胸を躍らせる経験は、 |
| 迎える”あした”の残量に比例して年々少なくなる。 |
| せめて一年に数回くらいはそんな経験を持たないと、 |
| 今日とあしたの区別があやふやになる。 |
| 一匹狼 |
| ”一匹狼”は本来属するはずの群れを離れ、 |
| 集団で行動することで得られるすべての利点や恩恵を捨て、 |
| おのれ一人の才覚で生き抜くと覚悟を決めたもの・・・・・ |
| 見上げた覚悟だとほめてやっていい。 |
| おまえにできるか、と問われるとまちがいなく腰が引ける。 |
| 世話 |
| だれでもいい、気にかけて世話をする相手がいるということは、 |
| ほんとうは幸せなことです。 |
| ひとりぼっちになると、したくてもできません。 |
| ふつう |
| ”ふつう”でいいのです。 |
| ”ふつう”を手に入れ、守っていくことがどれほどむずかしいことか・・・・ |
| そんなものはイヤだ、とかつてごねた人ならよくわかる話ですね。 |
| こだわり |
| 本気で何かに挑戦しようとする者は、 |
| 過去の実績や栄光にこだわらない。 |
| そんなものは眼前の課題と闘う際にじゃまになるだけで、 |
| 何の役にも立たないと知っているからだ。 |
| ポーズで挑戦しているふりをする者が過去を”勲章”にしたがる。 |
| 朗報 |
| あきらめかけたときに突然舞い込む朗報で救われることがある。 |
| 運命だ、奇跡だ、などと喜ぶ前に |
| ことの顛末や成り行きを整理しておこう。 |
| 朗報は偶然だったのか、必然だったのか・・・・・ |
| つぎにまた同じ状況に置かれたとき、 |
| きっと役に立つ。 |
| 啓示 |
| 得体の知れない、漠然とした不安は、 |
| 多くの場合、すべてが順調に進んでいるときに現れる。 |
| 調子に乗りすぎないように・・・という啓示だと思えば |
| 目配り、気配りに血が通いはじめる。 |
| 社交 |
| 泣きたくなるほど悲しいのに笑わなくてはならない場に置かれるのは |
| むごい話だ。 |
| ”社交”という名のじゅうたんを敷いた場では、 |
| 笑顔以外の表情は許されない。 |
| できれば一刻も早く、そんな場所からは立ち去ることだ。 |
| 身軽に |
| 今では必要のなくなった何枚もの「ヨロイ」が身を包んでいる。 |
| 重くてかなわないので、一枚ずつはがす作業にとりかかっているが、 |
| かつては我が身や家族を守るために不可欠なものだった・・・ |
| 気力はあっても、足腰の衰えは隠しようもないので、 |
| 身軽にならなければ、目指す高みへは飛べないからだ。 |
| この年になると、 |
| 「ヨロイ」は重いだけで、役に立つことはない。 |
| ひと |
| 愛しいと思う者がいるから頑張れる。 |
| 愛しい者を守るためだから耐えられる・・・・・ |
| 自己犠牲が見返りや報酬とは無縁のものになる唯一の道すじを |
| 多くの人がそれと気付かずに歩いている。 |
| 好奇心 |
| 好奇心こそが、豊かな心やよりよい生活を築く原動力です。 |
| 好奇心の強い子どもに育てなさい。 |
| そのためには、 |
| 親であるあなたの好奇心をしっかり鍛えることです。 |
| 幸せ |
| 感謝している、と言うと、ちょっと大げさで照れくさい。。 |
| いつもありがとう・・・・さりげないそんな言い方でいい。 |
| そう言える人やものといっしょに暮らせることを |
| ”幸せ”と呼ぼう。 |
| むずかしいことではないな。 |
| 彼 |
| 過ぎ去るものはすべて美しい。 |
| 何故か、と問うのは馬鹿げている。 |
| やってくるものは得体が知れないが、 |
| 過ぎ去るものの正体はしかと見届けたからだ。 |
| 後ろ姿しか見えなくても、 |
| 共有した時間は、”彼”が何者であったかを忘れることはない。 |
| 美しく消えていく“彼”には |
| もう二度と会うことはない。 |
| 壊す |
| 積み木で無心に遊ぶ幼子をみていると、 |
| 積み上げた“作品”を最後には容赦なく一気に壊す。 |
| だれが教えなくても、そうする。 |
| こわさなければ、次の新しいものができない、ということを |
| まるで何度も確かめるかのように・・・・ |
| 築くためには壊さなければならないのだ。 |
| それでいい |
| それでいいのだ、と誰かに言ってほしい・・・・ |
| 強がっていても、ふとそう思うときがある。 |
| 自分一人で背負うにはあまりに重すぎる荷物に |
| 息が切れそうになったら、 |
| 誰かのそんな一言が聞きたくなる・・・・・ |
| だからといって負けた、弱音を吐いた、などと落ち込むことはない。 |
| そんなときはだれにもある・・・・・・・ |
| 一歩 |
| 自分が生まれてはじめて歩いたときのことを覚えている人はいない。 |
| だが、幼子がはじめて踏み出した一歩を見たときに、 |
| まちがいなくはっきりと思い出している。 |
| 感動し、わけもなくうれしくなるのは |
| そのためだ。 |
| 欲 |
| たくさん持っているのにまだ欲しがる・・・・ |
| 余るほどあるのにまだ貯めようとする・・・・ |
| 自分にもあるのに他人のものが欲しくなる・・・・ |
| ”欲”を捨てるのは容易ではないが、 |
| 「これで十分だ。」と、どこかで言い聞かせてやらないと、 |
| やがて自分が何者なのか、わからなくなる。 |
| 家族 |
| 互いに傷つけ合い、醜くいがみ合う家族がいる・・・・ |
| 自分たちはなにゆえ”家族”なのか・・という問いに |
| いつか、どこかの時点で応答することをやめたからだ。 |
| 貧しくとも心底互いを思いやり、信頼でつながる家族がいる・・・・ |
| 自分たちはなにゆえ”家族”なのか・・という問いに |
| みんなが協力して応答し続けている。 |
| 家族にとって最も大切な問答は、 |
| さりげなく、絶え間なく続けてこそ、”力”になる。 |
| 原因 |
| 間違いないのは |
| こんな結果になる原因は自分が作ったということです。 |
| 悔やむなら、自分の判断や見通しの甘さを悔やむべきで、 |
| なりゆきでかかわった誰かを責めてはいけません。 |
| 人のせいにするのは簡単ですが、 |
| そうすることで最後に傷つくのはおそらく自分です。 |
| 後継者 |
| 「これが使命だ。」と無我夢中で全力で取り組んで |
| それまでだれもなし得なかった成果を挙げる・・・・・ |
| すばらしい成果だ、とみんなも認めてくれるだろう。 |
| だが、自分がその場を去るとあっという間にまた元の状態に戻ってしまう。 |
| 後を引き継いでくれる者を育てるという仕事も |
| 自分の大切な仕事だったということを忘れていたからだ。 |
| 可・不可 |
| わたしにできることでも、あなたにはできないことがある。 |
| あなたにはできるが、わたしには無理なことがある。 |
| 大切なのは、 |
| それをうらやましがったり、妬んだり、腹を立てたりしないこと・・・・ |
| できることと、できないことがあるから、 |
| 人は他人と関わろうとする。 |
| なるほど |
| 遠い昔、 |
| 若いからできたこと、若いからできなかったことがあった。 |
| 一回きりの人生だ、ということばの意味が、 |
| その頃できたこと、できなかったことをつないでみると |
| なるほど、と胸に落ちてくる。 |
| 仕組み |
| 快や不快を感じる機能が備わっているのは、 |
| それが生命の維持に必要だからだ。 |
| 快感ばかりが続くと、おそらく人間は退化する。 |
| 不快感ばかりが続くと、おそらく人間は死に絶える。 |
| 両者がほどよく繰り返されてこそ、人間は、 |
| 「生きている」と実感できるように仕組まれている。 |
| 奇跡 |
| 偶然だった、と思っているなら、それは間違いです。 |
| ”奇跡”だったのです。 |
| この世に生まれたのも、友人たちに恵まれたのも、 |
| こんな伴侶と出会ったのも、こんな子どもを授かったのも・・・・・ |
| みんな起こるはずのない”奇跡”だったのです。 |
| ”奇跡”にはあっても、”偶然”には意志がありません。 |
| 感動 |
| 青年は夕日をみて感動する。 |
| 老人は朝日をみて感動する。 |
| 友 |
| ”生涯の友”は、生涯が終わったときにわかるものではない。 |
| きのう出会ったばかりの人間でも、 |
| 大切にしたい、と思う気持ちの深さが |
| 生涯の終わる日まで続くだろうと思える相手であれば、 |
| そう呼んでいい。 |
| 断 |
| ”迷い”とは、 |
| 進むべき方向が見つからない「もどかしさ」ではない。 |
| 方向はこっちだと、とっくに決めているのに、 |
| もっと楽な道はないかと目移りしていることを言う。 |
| 確かに |
| 下手に姿が見えないからいい。 |
| 見えるとあれこれ要らぬことを考えてしまうから・・・・・ |
| そんなことが確かにある、と思わないか。 |
| 最上級 |
| 最上級の「喜び」や「悲しみ」を一度くらい味わっておかないと、 |
| 最下級のそれらで食当たりを起こしてひっくり返る。 |
| いいわけ |
| どこにいてもやろうと思えばできるのに、 |
| こんな所だから・・・・と自分の立つ場所のせいにする。 |
| こんなところでもできる、という事実を作り出せない意志の弱さは、 |
| ”いいわけ”を見つける術だけは磨いてくれる。 |
| 方向 |
| さて、これからどうするか・・・・・ |
| その答えは、”どうしたいか”が見えるまでとっておこう。 |
| あせって、無理をして答えを出すと、きまって |
| こんなはずではなかった・・・・になる。 |
| ”どうしたいか”は、 |
| 進む方向を決めて歩いていれば、やがて見えてくる。 |
| 期待 |
| 過度に期待しないことです。 |
| こんなはずではなかった、という結果は |
| 待っていた時間や楽しい結末を夢見た自分をみじめにします。 |
| あわてて見切りをつけたり、あきらめたりしないことです。 |
| 万が一ということは起こるし、 |
| 思いもかけない幸運に恵まれるかもしれません。 |
| 期待やあきらめは日常的なものですが、 |
| 用心深く使うべきです。 |
| 所有欲 |
| 欲しいから苦労して手に入れたのに、 |
| 自分のものになったとたん、急に色あせて見えることがある。 |
| それは、欲しかったものが、その”もの”ではなく、 |
| 自分のものとして”所有”していたいという願望、 |
| つまり持っているという”満足感”であったからだ。 |
| まぼろし |
| 美しい花を見たければ、今タネを蒔いておきなさい。 |
| すばらしい夢がみたければ、今その足がかりとなる一歩を踏み出しなさい。 |
| どちらも時間がかかり、すぐには成就しないものですが、 |
| ”芽”を出す力をもったものを蒔いておかなければ |
| いつまでたっても花や夢は幻のままです。 |
| 細胞 |
| 考えるのも感じるのも「脳」の働きだと思いがちだが、 |
| それでは説明のしようがない場面に出くわすことがある。 |
| ”体で感じる・・・・”と表現する、そんなときは、 |
| 「細胞」が考え、感じているときだ。 |
| 体の奥深いところで、脳には内緒でこっそりと |
| もう一つの思考回路が動いている。 |
| エール |
| 野球の試合で、代打が登場する。 |
| 代打になった者に期待が集まり、成果を出せば喝采だ。 |
| だが、 |
| 代わりに退けられた者の心中はだれも見ようとはしない。 |
| 去る者にエールが贈れる人間でありたい。 |
| 器(うつわ) |
| 人間には、 |
| 大きな悲しみを小さな器に閉じ込めて耐える働きと、 |
| 小さな喜びを大きな器に広げて楽しむ働きが備わっている。 |
| 大切なのは”器”をまちがえないことだ。 |
| 快感 |
| 舞台でスポットライトを浴びる経験は、普通の人にはまず訪れない。 |
| 衆人の目が自分の一挙一動に注がれる”快感”が、 |
| 時に人生を狂わせる。 |
| 狂わされた人が、 |
| そんな快感など無縁の暮らしがあたりまえなのだ、と |
| 教えてくれる。 |
| 習性 |
| 男・・・・・・・ |
| 涙では何一つ解決しないと理屈ぬきに思う生き物。 |
| 泣きたくなっても、まず戦う武器をさがす生き物。 |
| 決め手 |
| 結果を第一に考えはじめると、 |
| 結果にたどり着こうと苦悩したプロセスが置き去りになる。 |
| そのプロセスこそが、結果を”財産”にできる決め手なのに・・・・ |
| 夢 |
| 夢がみたいです。 |
| それも、人に話せばきっと笑われる、すっ飛んだ夢を・・・・・ |
| 実現に向けて計画を立て、一つずつ準備をし、 |
| できるところから一歩を踏み出す・・・・ |
| あなたには迷惑をかけないので、 |
| そっと見守ってください。 |
| 子どもたちへ |
| どんなに勉強ができようが、 |
| どんなにお金もうけが上手だろうが、 |
| そんなことは人間のねうちとはちっとも関係がないのです。 |
| 人を愛し、友を大切にし、約束を守り、 |
| 誠実に働き、だれにも迷惑をかけずに一生懸命生きていく・・・・・ |
| 簡単そうだけど、それはとってもむずかしいことです。 |
| ダイヤモンドの輝きはなくても、陽光で光る小石のような、 |
| そんな人間になってください。 |
| 恵まれた・・・・ |
| 恵まれた子ども時代ではなかった・・・と言う大人でも、 |
| その原因に「物がなかった」ことを挙げる人はいない。 |
| 身の回りに物があろうとなかろうと、 |
| 子どもの心を満たすものは別にある。 |
| 有り余るおもちゃやお金を与えて、”豊かに育て”と願うのは、 |
| 遠いむかしに、恵まれた時間を持てなかった人である。 |
| 道 |
| この年になったから言えることがある。 |
| この年でなければ見えないことがある。 |
| この年になったからわかることがある。 |
| この年でなければできないことがある。 |
| 「なるほど・・・」と胸に落ちた出来事を手土産に、 |
| もう少し先に行ってみますか。 |
| 道はまだ続いているようですから・・・・・ |
| 教え |
| 指を折って数えるとき、 |
| まっ先に曲がるのはどの指だ? |
| げんこつから逆に指を開きながら数えるとき、 |
| 最後に開く指はどの指だ?・・・・ |
| 最初に腰を折り、後に続くものたちを導き、 |
| 最後に伸びて皆を見届ける人は、 |
| たいてい無骨だが、頼りがいのある人である。 |
| そんな人ならついて行ってもいいだろう。 |
| 最良の・・ |
| 言葉では伝えられなかった思いを届ける、最良の方法は、 |
| 相手の記憶の中から消えないことです。 |
| 所望 |
| 説教ならごめんです。 |
| それより水を一杯ください。 |
| 乾きが癒えたら、また立ち上がります。 |
| 記憶 |
| 身の回りで起こるさまざまな出来事を |
| 一つ残らず記憶しておくことはできないので、 |
| 人には記憶を選別する「ふるい」が備わっている。 |
| ふるいの目は年とともに大きくなり、 |
| 必要のない記憶はどんどんこぼれ落ちていく。 |
| だから、今忘れられない記憶があるなら、 |
| 相当に大きな出来事だったということになる。 |
| 受け取るもの |
| 山里で暮らすおじいちゃんやおばあちゃんの顔が |
| なぜあんなにも澄んでいるのか・・・・ |
| なぜあんなにすてきな笑顔になるのか・・・・ |
| 知ろうと思えばすぐにわかるのに、だれも目を向けない。 |
| 麓に住む者が受け取る、きれいな水や空気や景色は、 |
| そんな人たちが不便な暮らしの中で作り、守ってくれているのに・・・・ |