雑感BackNo.5
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| 今ある美しさ |
| ・・・・・美女の舞踊に骸骨の動きを見定める、そんな目をもちたい・・・・・ |
| むの たけじさんの詞集のなかにある一節、美と言えども移ろい行く定めに |
| は抗えないということだろう。しかし、達人のようにはいかないのが世の常、目 |
| の前に現れる美しいものや人についつい心を奪われてしまう。 |
| 10年先、20年先にこの美しさがどう変わっているのかなどと、考える余裕 |
| はないが、それでいいのだろう。花の可憐な美しさは、今近くを飛んでいる虫 |
| たちを引き寄せるためにあるもの、何年か先の自分のために、ではない。 |
| むのさんには悪いが、美女は美女、美しい「人間」として見させていただくこ |
| とにします。骸骨が踊っている?・・・・とんでもありませんね。 |
| 信頼 |
| 某自動車メーカーが、未曾有の経営ピンチに見舞われている。原因は信頼 |
| 失墜・・・・・・・・・あれだけ次々に事故や故障を見せつけられては、あえてその |
| メーカーの車を買おうと思わないのは当然だろう。 |
| 信頼失墜の原因は、情報公開の怠慢であるらしい。形や見てくれの美しさで |
| 車を選ぶ人もいるだろうが、やはりなんと言っても安全性、車としての機能の |
| 優秀さ、そして丈夫さが一般的な基準である。それにかかわる重大な情報を |
| 客に隠していたと言う事実は、紛れもない背信行為である。 |
| 一度失われた信用を回復するには、おそらく膨大な時間と必死の覚悟がな |
| くては叶わない。現場で働く多くの社員には本当に気の毒だが、トップの怠慢 |
| はこんな形で下部に降りてくる。責任者は客に謝る前に、多くの誠実な社員に |
| 頭を下げるべきであろう。気の遠くなる時間と労力をかけて培ってきた信頼も |
| それを失うのに大した時間はかからない。 |
| 生生流転 |
| 満つれば欠ける・・・・・・・万物を支配する真理があるとすれば、この世の |
| すべてのものは一時も留まることなく、動きながら変化していく、という、仏教 |
| の教えかも知れない。どんなに悪い状況もやがて変わっていく、と聞かされる |
| と不思議に生きる勇気が湧いてくる。言われてみればあたりまえのことだが、 |
| 真理とは案外そういうものなのかも知れないと思う。 |
| 満つればやがて欠けていくし、欠けたものは黙っていても補填される。そう |
| 信じることができれば、きっといくつかの眼前に立ちはだかる障壁は、乗り越 |
| えられるだろう。難しいのは、そうは思っていてもそれが自分の哲学になりにく |
| いということ・・・・・・鉄壁の信念になるまでには時間がかかる。 |
| いきつけのスーパーの鮮魚コーナーで、刺身を求めようとしたときの話で |
| ある。パック入りのものに目ぼしいものが見当たらないので、横にあった |
| サバを捌いてもらおうと思って、店の中にいたおかみさん(と思える女性)に |
| 「これ、刺身にしてもらえますか。」とたずねた。するとそのおかみさん、店 |
| の中から店頭に出てきて、「ああ、これは・・・・・ちょっと刺身には・・・おいし |
| くありませんよ。」と言う。「じゃ、このイサキは?」と聞くと、「できないことは |
| ありませんが、やわらかくなっていますから・・・・・・・」「じゃあ、何かおすす |
| めはありませんか?」「そうですねぇ、朝のうちだったらこのタイがよかった |
| んですが、何しろこの時間ですからねぇ・・・・・・・」 つまり、刺身にできるお |
| すすめの魚はないと言うのである。驚いた。いい魚がないということにでは |
| ない。まずい魚は売らないという、おかみさんの心意気にである。 |
| 何だかうれしくなって、まあ、これならと勧めてくれた別のパック入りの刺 |
| 身を買い求めた。帰り道、よく考えてみると、ここ2,3日は台風の接近で |
| 海は時化ていたはず・・・・・つまり新鮮な魚の水揚げはなかったのだろう。 |
| 久しぶりに商売人の「良心」をみて、爽やかな気分であった。 |
| 石と話ができない者に、巨石は動かせない・・・・・・ |
| ある石工さんの言である。 |
| 心通わぬ対象と見れば、それはただの物、時には厄介な相手となる。 |
| 心を通わす努力を続ければ やがて見えてくるものがある。 |
| 少々時間はかかっても、それが一番の近道なのかもしれない。 |
| 昨日まで機嫌よく動いていた車のメーターが突然動かなくなった。あわて |
| て修理工場に持ち込んだ。部品の交換、部分的解体、原因不明・・・・・・・ |
| 修理を待つ間、いろいろな事態が想定され、気が重くなる。 |
| しばらくして「修理が終わりました。」「なんだったんですか」「接触不良で |
| す。コードをきちんと差し込んだら直りました。」・・・・・・えっ? うそでしょう? |
| 何らかの原因で電源コードがゆるみ、接触不良を起こしたらしいという。 |
| ○万円の修理費を覚悟していたが、というわけで0円・・・・・ |
| そういえば昔から家電製品の調子が悪いとき、よくボンと叩いてやると復 |
| 活することがあった。原因はこの接触不良。 |
| 長年使っていると、どうしても緩むという接点であるが、わが身においても |
| 然り、最近いろんな個所の接触不良が観察される。しかし、車や家電とち |
| がうのは、ポンと叩いてみても復活することはまずないと言う点、体の部分 |
| の接触不良は使い込んだ年月に比例して、重症となるようだ。 |
| 君には関係ない話かも知れないが |
| そんなところに咲いているから |
| 雑草という 不名誉な名前がつけられた。 |
| 山道にでも咲いていれば |
| もっと素敵な名前で呼ばれていたかも知れないね。 |
| でも あえてこんな路傍を選んで |
| 花をつけると決めた その生き方に |
| 私は感動している。 |
| 根を張り 大地に食いつく君を引き抜きながら そう思っている。 |
| 最近人気が今ひとつだと聞くウィスキー・・・・・ウィスキーと言えばバーボ |
| ンと決めている。どこか上品な感覚のスコッチウィスキーに比べ、トウモロ |
| コシを原料としたバーボンウィスキーには、野性的な、荒削りな匂いがある |
| からだ。昔映画館で見た西部劇には、必ずこのバーボンが登場していた。 |
| 荒くれ男たちがバーのカウンターで、一気に飲み干す場面は西部劇に |
| 不可欠のものだった。 |
| 独特の香りと味を持つこのウィスキーを飲むと、なぜか遠い昔の学生時 |
| 代、ただがむしゃらに突っ走って生きていたあのころが沸沸と甦って来る。 |
| 置き忘れてきた大切なものを思い出させてくれる、そんな不思議な味わ |
| いを持つ酒である。西部劇のまねをして一気に飲むと、足腰が立たなくな |
| るので、格好は悪いがチビチビとやっている。 |
| ウィスキーはやはりバーボンである。 |
| 朝、出勤するため車を出していると、通りがかりの女子中学生が自転車 |
| に乗って、「おはようございます。」と挨拶をしてくれる。同じ団地に住む子 |
| だということはわかるが、どこの誰かはわからない。 |
| 向こうもこちらのことは知らないはず・・・・・・「おはよう。」と返すとにこっと |
| 笑って走り去っていく。長い間子どもと向き合う仕事をしているが、こんな |
| 子どもはめったにいない。一日の始まりがこの子の挨拶だった日は、何だ |
| か気分がいい。どんな家庭で育った子どもなのだろうと、つい思ってしまう。 |
| 子どもたちをめぐる痛ましいニュースが多いが、世の中捨てたものではな |
| い。まだまだこんな素敵な子どももいるのだから・・・・・・・・・ |
| きっとたくさんの友達もいることだろう。気持ちのいい挨拶をいつもありが |
| とう。今日一日が君にとってもいい日でありますように・・・・おじさんも祈って |
| います。がんばれよ。 |
| 何を血迷ったか、奥方が「絵手紙」にはまっている。とはいっても、巷で |
| 見かける正統派の絵手紙までは程遠く、気ままなスケッチといったところ。 |
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| 動機は何だと聞いても「わからない」・・・・思うに孫に描いてやった漫画が |
| 周囲から誉められ、自分の画才に目覚めたらしい。 |
| 大概のことはこなすが、絵だけはまったく自信のない亭主を尻目に、最新 |
| 作の批評を求めて見せに来る。素人目にも日々上達しているのがわかる |
| のだが、安易な誉め言葉はつけ上がらせるだけなので、辛口の批評をす |
| ることにしている。絵画や文章という表現方法は、対象となる事物を一旦 |
| 自分の中に取り入れ、自分なりに咀嚼してもう一度体外に出す営みだ。 |
| その咀嚼の方法で個性が現れる、とまあ偉そうに講釈してみるのだが、 |
| 所詮絵のことはさっぱりの門外漢、どこまで伝わっているか・・・・・・・・ |
| 自分にはない才能(?)を目の当たりにして、おじさんはちょっと戸惑って |
| いる。「今度はお父さんを描いてあげます。」・・・・それだけは頼むから勘弁 |
| してほしい。 |
| この時期になると思い出す人がいる。私の釣りの師匠である。20年ほど |
| 前に担任した女の子のお父さん、ひょんなことから釣りに誘われて、近くの |
| 離島の磯にはじめて連れて行ってもらった。仕掛けの作り方、えさのつけ |
| 方、潮の流れの見方、危険な磯での安全確保・・・・・・磯釣りのイロハをて |
| いねいに教えてもらった。梅雨時期になると、梅雨グロ(メジナ)がよく釣れ |
| るからと、毎週のように誘われて、玄海灘の離島の磯を渡り歩いた。 |
| この師匠、続々と発売される釣り道具の新製品には目もくれず、手作り |
| の浮きや仕掛けで、見事な釣果を上げる。瀬渡しの船頭さんが「多くの客 |
| を見てきたが、あの人は超一級の名人だな。」とこっそり教えてくれた。 |
| 大変な人を師匠に持ったんだな、と身の引き締まる思いであった。 |
| 数年前、ある離島に行ったとき、偶然お会いした。「いやぁ、最近は目が |
| 悪くなって、針が結べん。」と言いながらも、いけすを見ると大きなイシダイ |
| が2,3匹、さすがに名人である。最近はちょっと釣りも休業中だが、教えて |
| もらった技はしっかり頭に残っている。忘れがたい恩師である。 |
| あの時担任した娘さんは、今近くの小学校の教師になっている。 |
| 師匠、お体に気をつけて釣りを続けてください。またご一緒できるといい |
| ですね。 |
| 後悔先に立たず・・・・覆水盆に還らず・・・・・済んでしまったことをつべこ |
| べ言っても始まらないと教える言葉はたくさんある。それだけ人間は同じ |
| 過ちを犯すということなのだろう。確かに「あのとき、あんなことを言わなけ |
| れば・・・」「あのとき、こうしておけば・・・・」と悔やむのは凡人の悲しい性、 |
| 宮本武蔵のように「我 事において後悔せず」という達観にはおよそ程遠く |
| 性懲りもなく後悔の種を蒔きつづけている。 |
| だが、後悔があるから進歩もある、と思い直してみると、それもまた真実 |
| のように思われる。つまるところ、後悔しないように気をつけて行動はする |
| が、仮に失敗やヘマをやってしまっても、それなりの救済機能が備わって |
| いるということか・・・・・一部の達人を除けばこの世は大半が凡人、そんな |
| 人たちもちゃんと生きていけるように、神様はうまく考えてくれている。 |
| 覆水を懸命に盆に還す努力をしている自分の姿に、一人苦笑いをしなが |
| らそう思う。 |
| 水と油は互いに相容れないものの例えに使われる。どんなに混ぜて振ろ |
| うが、必ず二つは分離する。しかも油は水の上・・・・・・ |
| 他人より優位に立ちたいと願う気持ちがあるのは仕方がない。競争社会 |
| が生んだルールだし、自己顕示は自分の存在を確かめる手段でもあるの |
| だから。ただ一つ、相手が「水」の場合は注意が必要だ。 |
| 優位に立ったつもりでも、燃え盛る炎が近づくと、真っ先に燃えて消え去 |
| るのは「油」のほうだ。相容れないと思える人と交わるときには、心しておく |
| ことだと思う。 |
| 昭和30年代の終わり、多感な坊主頭の中学生はラジオから流れる一つ |
| の歌に参っていた。「寒い朝」・・・・・・吉永小百合さんが歌うこの曲は、恋 |
| に憧れ、人生に夢を見始めた中学生の心に、爽やかな風を送り込んでく |
| れた。どんなストーリーだったのかは忘れたが、映画にもなったはずだ。 |
| かつて「サユリスト」と称される、吉永小百合さんの熱烈なファンがいて、 |
| 団塊の世代と呼ばれるおじさんたちの中にも、なつかしい響きを感じる人 |
| は多いだろう。サユリストではなかったが、今でもファンの一人である。 |
| 年を重ねていくほどに味の出る女優さんが少なくなった。内面を磨くこと |
| で光りを放つ術があることを知らないからであろう。これからも活躍してほ |
| しいと思う女優さんである。 |
| さて、「寒い朝」・・・・・40年前の帰らぬ青春の日々を思い起こしながら、 |
| 近々歌声広場にUPの予定。おじさんたちの青春賛歌である。 |
| 40歳を過ぎたころだった。授業の力量を高めるために行われる研究授 |
| 業(同僚や講師の先生たちの前で公開授業をすること)の反省会で、講師 |
| の先生からこっぴどく批判されたことがある。「あなたのやっていることは |
| 授業ではない。子供たちに考えさせていない。」・・・・・・・考えさせる授業で |
| はなく、教え込む授業だったという評価である。 |
| 大勢の同僚たちの前で痛烈に批判されることは、耐え難い屈辱であっ |
| た。しかし、心のどこかでその評価に納得していたことも事実である。子供 |
| が生き生きと学ぶ授業とは何か、本当に真剣に考えさせられた。 |
| 以来性懲りもなく、似たような授業を繰り返し、何度も冷や汗をかいたが |
| あのときの評価を忘れたことはない。 |
| 初対面の講師であったが、感謝こそすれ、恨む気持ちはない。どんなに |
| 厳しい評価でも、的を得ていれば相手の心にちゃんと届く。最近、辛口の |
| 批評をする人が少なくなった。 |
| 何かを守ろうとすると、どうしても邪魔になるものが現れてくる。それがあ |
| るために全力で相手に立ち向かえない、と思えるものだ。 |
| そんなものが感じられたら、「ああ、自分は今守りに入ったな。」と思うこ |
| とにしている。ことさら意識しないでも、実はそれこそが今までの自分を外 |
| 敵から防いでくれていたのだと、その邪魔者にてこずりながら気付かされる |
| ことが多い。どうやら防備のシステムは「守ろう」と決意したときにリセットさ |
| れるものらしい。 |
| 切り拓くより守ることのほうがはるかに難しい。 |
| 朝刊の中にあった話・・・・・・ |
| 50代からは「林住期(りんじゅうき)」と呼び、力を抜いて前向きに生きる |
| 時期だという。それ以前を「家住期(かじゅうき)」、仕事や子育てに追われ |
| る時期という。インドの思想だとか、なかなか味のあるネーミングである。 |
| この理屈でいけば「林住期」に入ったはずだが、力を抜いて前向きに、と |
| なると怪しくなる。妙なところに無駄な力が入ったり、前を見るより後ろを振 |
| り返ることのほうが多かったり、となかなか話のようにはいかない。 |
| まあ、あまり堅苦しく考えずに、「そんな目標をもって生きなさい。」という |
| 教えだと受け止めておくことにする。 |
| 林に住む・・・・将来山奥で仙人になりたいと願うわが身にはぴったりの言 |
| 葉だとは思うのだが・・・・・・・ |
| 畑のキュウリが日々大きくなっていく。ところがどうしたことか、雄花だけ |
| はいやというほど咲くのだが、肝心の実になる雌花が一向につかない。 |
| 最近ようやくポツポツと目に付くようになった。その方面の知識がないの |
| で原因はわからないが、どうも日当たりに関係がありそうだ。場所の関係 |
| で一日の半分しか日光があたらない。それでも大きく葉を広げ、ぐんぐん |
| 伸びていってはいるのだが、やはり何かが足りないのだろう。 |
| きれいに咲き誇る雄花たちは、大事な花粉を渡す相手が見当たらないま |
| ま枯れ落ちていく。さぞ無念だろうと、落ちた花を拾いながら思う。 |
| 種の保存を担う両性のバランスは、本人の努力だけではなく、もっと大き |
| な自然の力によってコントロールされている・・・・・・と教えてもらっている。 |
| キュウリも然り、人間もまた然り。 |
| よく切れる刃物には 良質の刃金がある。 |
| よく見える望遠鏡には 高品質のレンズが使われている。 |
| 尊敬に値する人間には |
| 余人が持ち得ない それらがちゃんと備わっている。 |
| しがらみや もつれを断ち切る刃金や |
| すべてを見通すレンズをどうやって手に入れたのかはわからないが |
| そんなものを 平然と持ち合わせている凄さに |
| 驚きながら 惹かれていく。 |
| 好きなものを独り占めしたいという欲求は自然だが |
| 嫌いなものを徹底的に排除したいという願望は |
| きわめて人間的である。 |
| 足腰の衰えは容赦なくやってくる。人体の筋肉は使わないと退化すると |
| いうが、加齢に伴う自然退化と運動不足による退化が合わされば、今の |
| わが身の体の重さはうなづける。 |
| 休日を利用してウォーキングに精を出す奥方から、いっしょに歩こうと誘 |
| われるのだが、どうも腰が重い。歩くという行為には「どこかへ行く」という |
| 目的がなくてはならないのだと、勝手に理由をつけているが、要はおっくう |
| なだけ・・・・・・ |
| 将来、北アルプスの全山を走破するぞと威勢のよい夢をもっているが、 |
| 3階までの階段を上るだけで息が切れる状態では、とても叶いそうもない。 |
| 「若いころは・・・・」と昔話をする前に、せめて足腰を鍛えるための行動 |
| を起こす時期にきているのかも知れない。やっぱり歩こうかな・・・・・・・・ |
| 猫の世界では、獲物を家に持って帰るのはご主人さまへのお土産なのだ |
| と聞いている。我が家のフーテンのリン(推定4歳メス)もご多分に漏れず、 |
| このところ毎日せっせと獲物を運んでくる。先日から野ねずみ4匹、野うさ |
| ぎ1匹を家の中にくわえて持って帰ってきた。どうやら夜中のパトロールで |
| 見つけたものらしい。朝奥方のあげる悲鳴で「またやったな・・・・・」とわか |
| る。それにしてもよくこんなものを見つけられるものだ。 |
| 私の天敵の蛇だけはどんなことがあっても持ち帰ることは許さんと、日々 |
| 言い聞かせているのだが、ニャンと返事をするだけで本当にわかっている |
| のかどうか・・・・幸い今のところ蛇のお土産はない。もしも持ち帰ったら、1 |
| 週間えさはなしと伝えてある。リンよ、心してパトロールに励め。 |
| スーパーで買い物をしてレジへいく。見慣れた店員さんではなく、新顔の |
| 女性がレジで客の応対をしている。おそらくパートで働くことになった人な |
| のだろう。手際のいい隣の先輩とちがって、一つ一つの商品の値段をチェ |
| ックするのに時間がかかっている。時には値段を確かめるためにそれが |
| 置いてあったところへ走っていったりもする。待っている客から苦情の声は |
| ないが、明らかに迷惑顔・・・・・・ |
| 懸命に捌こうと努力しているその人を見ていて、「慣れる」という、学習効 |
| 果の持つ力をあらためて感じた。だれだって初めからうまくはできないので |
| ある。「がんばってください。」・・・・レシートを受け取りながら心の中でそう |
| つぶやいた。 |
| 我が家の隣に空き地がある。地主さんの了解をもらって畑にすることに |
| なった。20年近く毎年草刈を続けてきたので、刈った草が堆肥となり結構 |
| 土質はいいのではないかと思える。 |
| 備中鍬や平鍬を仕入れてきてさっそく畑作りを始めたのだが、いやはや |
| 疲れるのなんの・・・・・しっかり根を張った雑草を掘り起こし、土をふるい、 |
| 畝に仕上げていくのだが、まるで未開地の開拓をやっている気分。体力よ |
| り前に気力が続かない。流れる汗をぬぐいながら、それでも何とか5mほど |
| の畝を2つ作り上げた。やれやれ、じゃあ野菜の苗を買ってこよう、というこ |
| とで近くの園芸店に行き、奥方と二人思い思いの苗を仕入れた。 |
| さて植えてみると、小さな畑だというのにあふれんばかりの苗の数・・・・ |
| これは明らかに買いすぎ。おまけに見慣れない苗が植えてある。これは |
| 何だと奥方に聞くと「ズッキーニです。」という。何だ?それは・・・おじさんは |
| 片仮名の名前にはめっぽう弱いのである。野菜といえばトマト、きゅうり、 |
| ナスである。かくしてわずか2畝に10種類の苗があるという、世にも珍しい |
| 畑が誕生した。荒地を開墾する農民の苦労を歴史で教えてはいても、わ |
| が身で体験しなくては本物ではない。いい経験である。(などと格好いいこ |
| とを言いながら、実は「耕運機がほしい!」と真剣に考えていました。) |
| 走りつづけていると 目に入らない風景がある。 |
| 足を止めたとたんに 次々に現れてくるので驚くが |
| 自分が見ようとしなかっただけだということに |
| やがて気が付く。 |
| 路傍の草花にも彼らなりの主張があり |
| 夜な夜な鳴きつづける蛙の大合唱にも彼らの訴えがあることを |
| 埒もないことだと 今までは気にもとめなかった。 |
| 走りつづけることも大切だが |
| たまには足を止めて |
| 耳を澄ませてみるのもいい。 |
| 自分一人で生きているのではないという あたりまえのことが |
| 素直に心にしみこんでくる。 |
| 回り道は 走って通り過ぎる道ではない。 |
| 持ちきれないほどあるのなら 潔く置いていく。 |
| 捨てきれないものなら どんなに重くても背負っていく。 |
| その覚悟が自分の芯に根付いたとき |
| 次々に迫ってくる難事に立ち向かう武器が手に入る。 |
| 持てるはずもないのに 持とうとして |
| 捨てられないはずなのに 気前よく捨てていく・・・・・ |
| その誤りに気づかない限り |
| 許容範囲を越えた荷物をもって |
| 坂道を息を切らしながら歩くことになる。 |
| 長い間ずっと心に引っかかっているものがあるとしたら |
| それは もはや自分の体内では消化できない |
| 相当手ごわい相手ですね。 |
| 忘却という消化剤の効き目が届かないとなれば |
| 未消化のまま体外に放り出すか あるいは |
| 様子を見ながら共存していくか そのどちらかでしょう。 |
| いずれにしても |
| それは誰かのせいではなく |
| 「わたし」の責任であることはまちがいありません。 |
| どうしてそんなに平然としていられるのかって? |
| つまらないから手を出さない、ただそれだけのことです。 |
| 手を出すのなら |
| その深く張り巡らされた根っこまでも すべてを引き抜く |
| 覚悟をもって向き合いたいと思います。 |
| そんなものになかなかめぐり合えないから |
| 今のところ 私の手はポケットの中です。 |
| どんなに大げさにふざけてみても |
| それが何かを忘れるためのものなら |
| あと味の悪さは格別だ。 |
| 何かを忘れないための誓いは |
| どんなにささやかで静かでも |
| 透き通った清水のように濁りを持たない。 |
| 忘れようとする努力よりも 忘れまいと誓うことのほうが |
| はるかに効率がよい。 |
| 思いめぐらす物事の中心に向かって |
| 強い根を張ろう。 |
| いくら絶妙の風味があるワサビでも |
| それを主食として飯を食うわけにはいかない。 |
| どんな名優をもしのぐ演技で名を売る脇役も |
| 主役に取って代わることはできない。 |
| ワサビにはワサビの |
| 脇役には脇役の生きる場がある。 |
| 彼らがそれを知って ある一線を踏み越えないから |
| 人はワサビの風味に舌を鳴らし 脇役の名演技に酔いしれる。 |
| 分相応とは |
| 決して越えてはならない一線だけは踏み越すまいと構えて |
| 自分を求めてくれるものへ |
| 自分にできる最大級の演技を披露することだ。 |
| ジタバタしないで 成り行きに任せるのも |
| 難局を乗り切る一つの方法だろう。 |
| 力のかぎり抗うのもいい。 |
| ただ一つ忘れてならないのは |
| いずれにせよ 眼前に迫る危機の正体を |
| 間違えずに見抜いておくこと ! |
| 何が今 自分をうろたえさせているのか・・・・ |
| その正体を見まちがえると |
| 相手を断ち切るはずの刃が自分に振り下ろされる。 |
| 雨の音には |
| それに打たれるものの反骨の声が溶け込んでいる。 |
| おまえなんぞに負けるものか・・・・・・ |
| 名もない草や虫や石ころにも彼らなりの生活があり |
| それを脅かすものへの無言の抵抗がある。 |
| 雨の音が強くなったら |
| 耳を澄ませてみるといい。 |
| 相手を間違いなく倒すには |
| 急所に一撃を加えるしかない。 |
| 相手と間違いなく絆を結びたいなら |
| 自分の急所をさらして向き合うしかない。 |
| 無防備になるということは |
| 相手の呼吸までをも受け入れる距離に立つということ。 |
| それができない相手なら |
| はじめから遠い人だったのだと思うほうがいい。 |
| 近所のお父さんたちの間で「養蜂」が流行っている。自宅に手製の |
| 板を組み合わせた巣箱を置いてやり、すでに始めている人の巣から |
| その一部を分けてもらって入れておく。何日かたつと、ミツバチたちは |
| 猛烈に巣づくりと蜜集めを始めるのだそうだ。 |
| 日々成長する巣を見るのが楽しみだと言う。夏頃には大量の蜂蜜 |
| がとれる予定だとか・・・・・「毎日見ていると、可愛いもんですよ。3キ |
| ロ四方まで飛んで蜜を集めてくるんですよ。」養蜂仲間で話しているの |
| を聞いていると、まるで子ども時代に帰ったようにわいわいにぎやか |
| に話が弾む。50代、60代のお父さんたちはいとも簡単に童心に帰れ |
| る術を心得ている。愛すべき大人たちである。 |
| 塩の道・・・・・・新潟県糸魚川から長野県松本にいたる、かつての重 |
| 要な物資流通街道であった。フォッサマグナに刻まれた急峻な山の斜 |
| 面をぬうように、細い山道が続く。戦国時代、上杉謙信が武田信玄に |
| 塩を送ったときにも使われた道だ。 |
| この古道を歩こうというイベントに参加した。地元の村にとっても年 |
| に一度の大きな催しである。出発地点から目的地まで9km、標高差 |
| 400mを上るルートである。かつては牛の背中にたくさんの荷物を乗 |
| せて歩いたのであろう、あちこちに往時の名残が残る。 |
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| 参加者総勢4000人・・・地元の村の人口を越える。延々と続く人の |
| 列は壮観である。途中の集落では地元の人の温かいもてなしを受け |
| る。甘酒や漬物、お茶をいただきながら、ひたすら坂道を歩くこと5時 |
| 間、ようやくゴールである。路傍にさりげなく咲くスミレやタンポポ、ワ |
| サビや水芭蕉を眺めながらの古道歩き、今年で25回目だとか、毎年 |
| 5月3日と決まっている。お勧めの山歩きである。 |
| 努力すれば報われる・・・・と言うのは、あれはウソですね。 |
| 努力だけなら 一応だれだってするものです。 |
| 報われるためには |
| 努力を貫く意思がなくてはなりません。 |
| 報われるまで貫く、鉄壁の意思です。 |
| 連休を信州の山奥で過ごした。雪解けとともに、あらゆる植物が一 |
| 斉に芽吹く。桜、梅、桃の花が同時に咲き誇り、つくし、わさび、ミズ |
| バショウ、ふきのとうなどが待ってましたとばかりに顔をだしている。 |
| 南国にいるとさほどの感動がなくなった「春」の到来を、草木の芽吹 |
| きから直に教えてもらった。中でも、九州ではよほどの高山に行かな |
| ければお目にかかれない野生の「わさび」が足元のいたるところに自 |
| 生し、高山植物の水芭蕉が家の裏の日陰で花を開いている景色は、 |
| 信じがたいものであった。 |
| 何ヶ月もの間、雪に閉じ込められていた生き物たち、その中で暮ら |
| す人間も含めて命の躍動が始まる季節をこんなにも豊かな表情で迎 |
| えられることにただただ脱帽・・・・・・・・ |
| ふきのとう、こごみ、タラの芽、わさびなどの新鮮な山菜をたらふくい |
| ただいたのは言うまでもない。雪国は春真っ盛りであった。 |
| 何か崇高なものを手にいれようとすると |
| なぜか自分のみすぼらしさが際立って見えてくる。 |
| もっと厳密に言うと |
| 自分のみすぼらしさに気付いて 初めて |
| はるか彼方に崇高な輝きが見え始めるのかも知れない。 |
| いずれにせよ |
| 美しく輝く対象が脳裏に去来し始めると |
| それを手にするに値する自分であるかという問いが生まれ |
| 少しでも自分を高めようとする努力が始まる。 |
| 結果の如何を問わず |
| これが恋の生まれる方程式だ。 |
| あなたと私との距離は |
| 思ったほど遠くはありません。 |
| 私のものさしの目盛りは |
| あなたに教えられるものが増えるたびに |
| 減っていくからです。 |
| ゼロになることはなくても |
| 温もりが感じられるところまでは |
| 近づけそうです。 |
| 師と呼ぶと叱られそうですが |
| 私はそう思っています。 |
| 鳥のさえずりを聞くのは 気持ちがよいものです。 |
| 満開になった花を見ていると 心が洗われます。 |
| しかし 人の目には心地よく見えるそれらが |
| 実は彼らの 生きるための懸命な営みだということを |
| 重ねてみるといいでしょう。 |
| 当たり前に生きている自分の姿が もしかすると |
| 誰かを元気づけているのかもしれません。 |
| そう思って 今日という日を |
| 当たり前に生きてみたいと思います。 |
| 自分だけの「美学」と呼ぶにふさわしい主張を持っていますか |
| 美学とは |
| 見るもの 聞くものに付加する価値の高低を決める基準です |
| 他のことには妥協しても |
| この一点だけは干渉を許さない |
| そんな頑固な自分らしさ・・・・・・ |
| それがあるために |
| 損をしたり 遠回りをしたり 傷ついたり |
| もう捨ててしまおうと何度も決めたことです |
| 捨てきれずに いまだに持ち歩いているのなら |
| もう少しの間 大事にしてみましょう |
| 変にものわかりのいい人間にはなりたくありません |
| 厄介な荷物ですが これが私だと言える荷札をつけて |
| なりふり構わず生きていけたらいいと思います |
| 人が難事に向き合う姿勢には 大きく二つのタイプがあるようだ。 |
| 一つは この結果はすべて自分の責任だと考えてしまう人、もう一つ |
| は やれるだけやったのだからあとは相手の問題だと考える人・・・・ |
| 前者はその誠実さゆえに信頼されるが、大いに疲れる。後者はそ |
| のドライな割り切り方のため、陰口を叩かれることがあるが、くよくよ |
| 悩まないので落ち込むことが少ない。 |
| 突き詰めると、自分という人間が他人からどう評価されるかが気に |
| なる人と、さほど気にならない人・・・・・・・・ |
| 性格や個性、性分の問題なので、どちらがどうとは言えないが、少 |
| なくともおよそ自分はどちらのタイプなのかは心得ておいた方がよい。 |
| 難事への対処の仕方の中に、最も自分らしさが現れる。 |
| 風見鶏は風上に頭を向けるから 役に立つ。 |
| こいのぼりは 風上に顔を向けるから泳げる。 |
| すべて屹然と風上に向かって立つものは美しい。 |
| それはきっと |
| 目に見えぬ風の流れをいち早くつかみ |
| 流れてくる先にあるものを見据えようとする意思が見えるから・・・ |
| 流れ来るものに尻を向けてばかりいると |
| 頭はやがて風の匂いを忘れてしまう。 |
| なれるはずもないし なるつもりもないので |
| 気楽に想像してみましょう。 |
| もしも 自分が研究に生涯を賭ける学者だったら |
| 一体何を研究対象としているだろう・・・・・・と。 |
| ライフワークとして没頭できるもの |
| 生涯を通して追い求めたいと思うもの・・・・ |
| ありませんねえ そんなものは。 |
| だから 残念ながら学者にはなれないのです。 |
| 潜在的な能力は仮にあっても その一点で |
| 学者にはなれそうもありません。 |
| その代わり 学者が知らない 巷の面白い話だけは |
| 山ほど持っていますから |
| まあ お互い様ということで |
| この場はお開きということにしましょう。 |
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