バックナンバーNo.1
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| まだ真夏だというのに、この涼しさは一体どうしたことか・・・・・・ | 
| 予想に反して今年は冷夏だとか、自然を相手に生計を営んでいない | 
| 者にとっては、涼しい夏は大歓迎だが、農作物や夏の暑さを相手に | 
| 仕事をする人々にはさぞ心配なことであろう。 | 
| 冷夏と聞くと思い出す人がいる。宮沢賢治・・・・・・・冷夏の不作に | 
| あえぐ東北地方の農民たちの生活向上に命を捧げた人である。 | 
| 有名な「雨ニモ負ケズ」は、そんな農民たちと共に生きたいという彼 | 
| の究極の願いを詠ったものだと聞く。 | 
| ・・・・・・ ヒデリノトキハ ナミダヲナガシ | 
| サムサノナツハ オロオロアルキ | 
| ミンナニ デクノボートヨバレ | 
| ホメラレモセズ クニモサレズ | 
| サウイウモノニ ワタシハナリタイ ・・・・・・・・・・・ | 
| 成長の遅い農作物のニュースが流れるたびに、今もあの田んぼの | 
| どこかに一人ため息をつきながら、空を見上げる男がいるような気 | 
| がしてならない。 | 
| 久しぶりに外食を、ということになり、近所にある回転寿司屋へ出 | 
| かけた。この店、どの皿をとってもすべて100円・・・・・皿の色と値段 | 
| を勘定しながらのこれまでの回転寿司とちがい、心置きなく寿司が | 
| 選べるという、庶民には得がたい魅力をもった店なのである。 | 
| 一皿100円でやっていける秘密は何なのか、ネタの流通などの詳 | 
| 細はもちろん分からないが、働く従業員の様子を観察していくつか心 | 
| あたりがある。行く度に顔ぶれが代わっているところをみると、ほとん | 
| どがパート、もしくはアルバイト、専門の寿司を握る技術がなくても簡 | 
| 単に寿司ができるように、自動的にシャリを作ってくれる機械が何台 | 
| も置いてあり、次々に手ごろな大きさにまとまったシャリが出てくる。 | 
| 店員はその上にネタを載せて完成・・・・・・見ていると味気ない気も | 
| するが、何しろ100円である。「手抜き」は許容範囲である。 | 
| シャリ製造機を客に見える場所に置く・・・職人を必要としない手の | 
| 内をあえて見せるのは、「うちはこうやって合理化をしています。ネタ | 
| の質を落としてはいません。」という、無言のアピールなのか。 | 
| 客の誰もが疑う100円の疑問に先手を打って、この店は繁盛して | 
| いる。店のどこかに達人がいる。 | 
| 新潟県妙高村赤倉温泉・・・・・・古くからの温泉街である。旅の途中 | 
| で一夜の宿にした。その和風の小さな旅館は、地元の食材にこだわ | 
| り、「新しい田舎料理」が自慢だという。 | 
| 女将の心配りが館内のあちこちに見られ、さりげなく生けられた野 | 
| 草が旅情を誘う。ロビーでくつろいでいると、小学校3,4年くらいの男 | 
| の子がカウンターの中でしきりに母親である女将に甘えている。 | 
| 「・・・そんなわがままを言っちゃいけません。今度ちゃんとしてあげる | 
| から・・・」男の子は母に何かを頼んでいる様子だが、実現できない頼 | 
| みごとであるらしい。ふと目を外にやると、みごとな植木鉢のとなりに | 
| ちょこんと学校で育てていたらしいアサガオの鉢が並んでいる。 | 
| 普段垣間見ることのない、旅館業の裏側を見せてもらった。客への | 
| 温かいもてなしは、こんな家庭の何気ない風景に支えられている。 | 
| お湯も料理もよかったが、素敵な女将の「母」に戻る一瞬を見せて | 
| もらったことが何よりのもてなしであった。 | 
| 信州旅行の際にいつもお世話になるペンションのご主人、この時 | 
| 期は田んぼの畦の草刈が忙しいと、朝早くから草刈り機を積んで出 | 
| かけられる。標高900メートルの高原だから、こんなところには私の | 
| 大の苦手である「へび」はいないだろうと思い、聞いてみた。 | 
| 「へびですか、いますよ。マムシもヤマカカシもいます。」・・・・・・・・ | 
| こともなげに言われる事実にも驚いたが、このご主人、なんと私と | 
| 同類でへびは大の苦手だとか、見つけただけでみっともない大声を | 
| 出してしまうほど・・・・・・しかし、田んぼの草刈りはやらなくてはならな | 
| い、意を決して草刈機を動かしていると、何匹ものへびを切ってしま | 
| うのだとか、きらいだと言いながらのその勇気には脱帽である。 | 
| 達人だと信じて疑わないこのご主人にも、意外な弱点があった。し | 
| かも私と同じ恐怖症・・・・・・「北極に住むしかありませんね。」という | 
| のが私たちの共通した結論となった。 | 
| へびは苦手でも達人になれる・・・・収穫は大きかった。 | 
| 信州の山奥の村で出会った一人のおばあちゃん・・・・・・通りすがり | 
| の見ず知らずの旅人にやさしく話しかけてきてくれた。 | 
| 麓の村からお嫁に来て、子どもを育て、田畑を守り、今年70歳だと | 
| か・・・・「冬にゃ2,3メートルは積もりますが、慣れてしまえば雪もな | 
| かなかいいもんですよ。水も空気もおいしいし、何か困ったことがあ | 
| れば村のみんなが助けてくれます。住みやすいところですよ。」・・・・ | 
| 20戸足らずの小さな集落の中での人生、町育ちの若者が2,30 | 
| 人束になってかかっても勝てる相手ではない。 | 
| 上の畑に行くからと別れを告げて、そのおばあちゃんは小さな体を | 
| ひょこひょこ揺らしながら、山道に消えていった。 | 
| 日本にもまだこんな暮らしがあるんだと、その後姿を見送りながら | 
| 温かい余韻の中に佇んだ。紛れもない人生の達人であった。 | 
| 「我 君を愛す。ゆえに君 我を愛せ。」・・・・・・・かつて学生時代に | 
| 意中の女性にこんなラブレターを送った先輩がいた。先輩いわく、「あ | 
| れこれ考えたが、長く書くとどうもうそっぽくなっていかん。それでこれ | 
| だけ書くことにした。世界で一番短いラブレターだろうな。」・・・・・・・ | 
| 万葉の昔から恋心は文字にして相手に伝えるのが習わしである。 | 
| 恋文をしたためるとき、人は最高の作家になる・・・といった小説家が | 
| いたが、一度でもこの経験をした者にはうなづける話である。 | 
| 恋文はやがて「ラブレター」などという、洒落た名前に変わり、その | 
| うち、電話、携帯電話、メールと、伝達媒体を変えつつ手紙という形 | 
| からどんどん遠ざかっていく。返事が届くのに何日もかかるもどかしさ | 
| は、今の時流には合わないのだろうが、一生のうちそう何度もない、 | 
| 作家になれるチャンスをみすみす逃すのは、もったいない気がする。 | 
| 世界一短いラブレターを送ったかの先輩、今は3人の孫を持つおじ | 
| いちゃんとなって、その女性と幸せに暮らしている。 | 
| 奥さんとなったその女性に何と返事を出したのか、とうとう聞き出せ | 
| ないでいる。一度聞いてみたいと思っているのだが・・・・・・・・・・ | 
| 20年ぶりに新しい登山用のザックを買った。昔から欲しかったミレ | 
| ーという名前のリュックである。若い頃は高くて手が出なかったが、も | 
| うザックを買うのもこれが最後だろうということで、少し奮発して手に | 
| 入れることにした。山道具の店で試しに背負ってみて、驚いた。 | 
| 背中にピタリと吸着するように実にいい感じなのである。「へえぇ、 | 
| これがミレーか・・・」と感心していると、店員がやってきて「最近は人 | 
| 間工学が進歩して、ザックもよくなりましたよ。これならどんなに詰め | 
| 込んでも後ろに引っ張られることはありません。」と得意げに話す。 | 
| 確かにそのとおり、以前のザックは詰め方を間違えると上のほうが | 
| 後ろに引っ張られて歩きにくいこと、この上なし・・・であった。 | 
| 人間工学、よく聞く言葉だが、こんな所にもその成果があるのかと | 
| 真新しいザックを見ながら感心。 | 
| 休日でにぎわう店内には若い人の姿はない。すべておじさん、おば | 
| さんたちばかり・・・・山のように買い込んでいく女性もいる。60は過 | 
| ぎていると見えるご婦人が、「白馬に登ります。」といって籠いっぱい | 
| に服や用具をいれて話しかけてきた。かつての山男、山女たちの夢 | 
| が一つの道具の中に詰め込まれる。さて、このザックを担いで今年は | 
| どこへ行こうか・・・・・・おじさんの夢もふくらむ。 | 
| 3ヶ月の悪戦苦闘の末にようやく完成した、勤務校のビオトープに | 
| 水を供給するために井戸を掘ってもらった。 | 
| 近所の方に聞くと、4,5メートルも掘れば水が出るとのこと、本当 | 
| だろうかと半信半疑であった。業者に聞いても「多分出るでしょう。」、 | 
| 4,5メートルのボーリングで出る水は、おそらくいろんなもので汚染 | 
| され、とても口に入れることはできないだろうと読んでいた。 | 
| 5メートルで無事に水が出た。見た目には冷たくて、透明、紛れもな | 
| い清水である。しかし、子どもたちが誤って口に入れることも考えら | 
| れるというので、専門家に水質検査を依頼した。 | 
| 昨日、その結果が届いた。「・・・・・水温18度 大腸菌なし 雑細菌 | 
| なし 硝酸系の有機物なし 色なし 味異常なし・・・・・・・・・」 | 
| つまり、飲用に全く問題がないとの回答であった。驚きである。 | 
| 足元のわずか5メートル下に、こんな清らかな水が流れていたのだ。 | 
| 海岸から300メートル、かつては松林であった敷地で出る水は、きっ | 
| と塩分をたっぷり含んだ塩水だろうと誰もが予測していた。 | 
| 業者に聞くとこれ以上深く掘ると塩水がでるとのこと、まさに自然の | 
| 絶妙のバランス・・・・・手を入れると痛いほどの水温、これはスイカか | 
| ビールを冷やすには最適だな、とよからぬことを考えている。 | 
| 連休を利用して、娘夫婦と孫に会うため、宮崎を目指した。しかし、 | 
| 前日からの大雨で、高速道路が1区間通行止め・・・・・・・仕方なしに | 
| 一般道を行くはめになった。ところが幹線道路はいたるところで大渋 | 
| 滞、通常なら15分足らずで走れる距離をぬけるのに、2時間もかか | 
| ってしまった。ぴくりとも動かない渋滞の車列に閉じ込められて、辟易 | 
| するばかり・・・・・・・・ | 
| わずか1区間の高速道路の通行止めがもたらす、思いがけない事 | 
| 態に遭遇して、普段我々の生活がいかに高速道路に依存している | 
| かということを思い知らされた。特に物流の要であるトラック輸送にと | 
| っては、相当の痛手であったことだろう。 | 
| このところ、高速道路に関して芳しくないニュースが続いている。 | 
| 天災での通行止めは仕方がないとあきらめられるが、人災ともいえ | 
| る不祥事は勘弁願いたい。8000円のおまけがついていた5万円の | 
| ハイウェーカード(愛用者の一人だったのに・・・・・)が廃止、それだ | 
| けでも、おじさんたちは一言言いたいと思っているのだから、高速道 | 
| 路公団の皆さん、心して取り組んでください。 | 
| 前述のアメリカ映画「シェーン」・・・・・・・・・ | 
| 広大なワイオミングの原野を背景に、アラン・ラッド演ずる流れ者の | 
| ガンマンが母子2人が営む牧場に立ち寄る。町のボスの嫌がらせに | 
| 困っていたその母子の窮状を救うため、ガンマンは一人で荒くれの | 
| 無法者たちに戦いを挑む・・・・・・・・・ | 
| 小学校6年生のとき、父に連れられていった映画であった。字幕の | 
| 文字を追いながら、さわやかな主人公の生き方に子どもながら感動 | 
| したことを覚えている。すべてを片付け、未練も残さず一人で立ち去 | 
| っていくシェーンに向かって、幼い男の子が叫ぶ。「シェーン、カムバ | 
| ック、シェーン、カムバック・・・・・・・」ビクター・ヤング作曲のBGMも心 | 
| に残る名曲であった。まさに感動の一作というべきか。 | 
| 40年以上も前にたった一度だけ観た映画なのだが、どういうわけ | 
| か、さまざまなシーンが実に鮮やかによみがえってくる。 | 
| 多感な少年の心を甚く揺さぶったその映画のおかげで、中学、高 | 
| 校と映画館に通いつめるはめになる。 | 
| 我が街のビデオ屋さんにあの不朽の名作はあるのだろうか。近い | 
| うちに一度さがしてみることにしよう。 | 
| 山々にこだまする少年の「シェーン、カムバック」という声が、山田 | 
| 洋次監督の心にもきっと残っていたにちがいない。 | 
| 再び高倉健さんのこと・・・・・・・・ | 
| ずいぶん前の映画だが、「遥かなる山の呼び声」という、山田洋次 | 
| 監督の作品がある。ふとした事から殺人を犯し、北海道の根釧原野 | 
| で牧場を営む母子2人暮らしの家に立ち寄るところからストーリーが | 
| 始まる。けなげに生きる母子の姿に、「奥さん、ここでしばらく働かせ | 
| てもらえませんか。」と頼む主人公・・・・・・・ | 
| アメリカ映画の名作「シェーン」からヒントを得たという山田監督の | 
| 熱い想いが、高倉健さん演じる主人公の姿を通して伝わってくる秀 | 
| 作である。この映画でも彼の言葉は少ない。だが、喋る以上に心の | 
| 動きはよくわかる。感動的なラストシーンに思わず目に熱いものが | 
| こみ上げてきた。 | 
| 他人の評価は知らないが、私の最もお気に入りの作品である。 | 
| ・・・・・・人間にとって一番贅沢なのは、心が震えるような感動。お金 | 
| をいくら持っていても、感動は、できない人にはできません。 | 
| 感動のもとは何でもいいんじゃないでしょうか。美しいとか、旨いと | 
| 感じるとか、1日に1回でいいから、我を忘れて、立ち上がって、拍手 | 
| ができるようなことがあればいいですね。・・・・・・・・ | 
| 「旅の途中で」 高倉健 | 
| 福岡では、博多祇園山笠が終わった。この時期になると落ち着かな | 
| くなる知人がいるが、しめこみとハッピ姿で山を担ぐ祭りにわけもなく | 
| 浮かれ騒ぐ様子をみていると、「ああ、祭りとは大の大人が童心に帰 | 
| る行事なんだな。」と思わずにはいられない。 | 
| 下手な小細工なしに、心身ともに丸ごと子どもに帰る時間がこの祭 | 
| りを取り巻く人々には流れている。 | 
| 女性はどうなのか、よくわからないが、男には1本のねじを外すこと | 
| で、いとも簡単に時空を越えて童心に帰れる特技がある。忙しい日 | 
| 々と社会の荒波にもまれていると、つい忘れがちだが、他人から見 | 
| ると何でもないことに我を忘れて夢中になっている自分に気付くと、 | 
| それは紛れもなく、幼い日時間を忘れて没頭した遊びの延長線上に | 
| あることに納得できるのである。 | 
| 祭りと遊びをいっしょにしてはバチあたりだが、ともに遠い日に置い | 
| てきた無邪気な心を取り戻す、無意識の営みとは言えないだろうか。 | 
| 昼食をとろうと入ったのは、お好み焼きの店、メニューを見ていると | 
| お好み焼きと並んで「もんじゃ焼き」とある。名前は聞いたことがある | 
| が、まだ一度も食したことがない。奥方と二人、試しに食べてみようと | 
| 相談がまとまり、注文した。程なくして運ばれてきた材料と「はがし」と | 
| 呼ばれる小さなフライ返しが眼前に置かれた。立ち去ろうとした店員 | 
| を呼び止めた。「あの、これ作るのは初めてなんだけど、どうすれば | 
| いいんですか。」お好み焼きならば自信があるが、全く未知の食べ物 | 
| である。店員は親切に焼き方を教えてくれた。教えられたとおりに焼 | 
| き始めると、なるほど、テレビで見たもんじゃ焼きの雰囲気が徐々に | 
| 出てきた。お好み焼きと決定的に違うのは、まず小麦粉がいくら焼い | 
| ても固まらないこと、次に出来上がりに専用のソースはかけないこと | 
| 卵で言うなら半熟状態でいただくものだということ・・・・・・・ | 
| 味はなかなかさっぱりしていて、お好み焼きのようなごてごて感が | 
| ない。こりゃいける、野菜もたっぷり入っているし、味も淡白、たちま | 
| ちファンになってしまった。 | 
| その日の買い物のなかにインスタントの「もんじゃ焼き」が含まれて | 
| いたのは言うまでもない。「どんなもんじゃ。お好み焼きには負けん | 
| わい。」と自慢している声が聞こえてきそうな初体験であった。 | 
| 「暑い中必死で応援してるんだから、1回戦くらい突破してくれよ。」 | 
| ・・・・高校時代、野球部のエースだった級友に冗談半分でそう言った | 
| ことがある。夏の高校野球の県予選が始まる時期のことである。 | 
| ブラスバンド部に所属していた私たちは、予選に出場する母校の | 
| 応援に駆けつけるのがきまりで、そのために応援歌や行進曲の練 | 
| 習を繰り返したものだ。しかし、わが母校は弱かった。炎天下、したた | 
| る汗をふきながら応援しても、1回戦突破は夢のような話であった。 | 
| エースが長身から投げ下ろす球は威力があったのだが、打てない | 
| 守れない・・・・・・エラーの続出で、甲子園ははるか彼方に遠のいて | 
| いく。試合が終わって、一気に吹き出る疲れに愚痴もいわず、我々 | 
| は引き上げていく。ブラスバンド部の宿命であった。 | 
| 試合の翌日、級友のエースが「昨日は悪かったな。」と一言・・・・・・ | 
| 一番悔しかったのは、彼ら選手だったんだと、あらためて思う。 | 
| 謝ってくれたそのエースは、今は伊集院静と呼ばれる小説家であっ | 
| た。この時期になると思い出す、夏の記憶である。 | 
| 新聞の投稿欄に掲載されたある女性の一文・・・・・・・・・ | 
| 「とうとう2人の子どもたちも独立し、夫婦2人だけの生活に戻って | 
| しまった。今月私は54歳になる。趣味、ものの考え方、何一つ一致 | 
| しないけれど、決して夫への愛情がなくなってしまった訳じゃないし、 | 
| 会話が消え去ってしまった訳でもない。なのに、これから先の長い人 | 
| 生をどうやって向き合い、過ごしてよいのかわからず、不安で仕方が | 
| ないのはなぜなのか・・・・・・・・・」 | 
| この女性は、不安はありながらも長年連れ添った相棒だから、きっ | 
| と乗り越えられると結んでいた。自分と同年齢の女性の声を聞く機会 | 
| などめったにないので、これは大いに参考になった。 | 
| 若い頃なら簡単にできた将来の夢を抱く作業も、この年になると体 | 
| 力、気力、エネルギーとも2倍を費やさねば叶わない。それがわかっ | 
| ていて、夢を膨らませるのは並大抵のことではないと言える。 | 
| 連れ合いと二人、我が家でも将来の夢という風船に息を吹き込む | 
| 作業をぼちぼち始めなくては・・・・と思っている。 | 
| NHKの日曜日のテレビ将棋は欠かさず見ている。プロの高段者の | 
| 将棋が見られるというのは、愛好家にとってはたまらない。 | 
| 白熱した戦いが終わると、今の勝負を振り返る「感想戦」と言うもの | 
| が行われる。最初から駒を並べなおして、1手1手の是非を対局者同 | 
| 士で検討しあうというもの、これが見ているとなかなかおもしろい。 | 
| 対局中何気なく見えた1手を決める前に、実にさまざまな局面を読 | 
| んでいることに驚かされる。正確な読みと、直感によるひらめき、さら | 
| にはこれまでの知識や経験を総動員してその局面での最善手を決 | 
| ているのだ。我々へぼの感想戦は、勝ち負けにこだわり、こうやって | 
| いたら勝っていたという手を必死で探す。しかし、プロはどうも少し違 | 
| うようだ。その局面での最善手、いわば「美」を追求するという姿勢が | 
| 見て取れる。盤上この1手しかないという究極の対策を求めて、時に | 
| は数時間もかけてもう一つの戦いをする。 | 
| 人生は勝ち負けを競うものではないが、ともに戦ってきたもう一人 | 
| の自分と静かに感想戦を始める時期になったようだ。 | 
| 再び山頭火・・・・(著作集「この道をゆく」より) | 
| ・・・・・近来めっきり白髪がふえて老い込んでしまいました。でもまだ | 
| まだ若返るだけの気力は失いません。・・・・・ | 
| 捨てきれない荷物のおもさまえうしろ | 
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| ・・・・今日の所得 銭19銭。米2升4合 今日のご馳走 酢だこ | 
| 煮魚 里芋・・・・・(故郷 防府にて) | 
| おもひでは汐みちてくるふるさとの渡し | 
| 「汐みちてくるふるさとの渡し」のすぐそばで、私は少年時代を過ご | 
| した。こんな同郷の先輩がいることなど、知る由もなかった。 | 
| 句吟の源泉を、旅にしか得られなかった彼の、妻子を捨て、行乞 | 
| の境涯に生きた人生・・・・どこかで理解している自分がいる。 | 
| 郷土が生んだ流浪の俳人山頭火の自選句集「草木塔」から・・・・・ | 
| 「大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に | 
| 出た・・・・ 分け入っても分け入っても青い山 | 
| また見ることのない山が遠ざかる | 
| あの雲がおとした雨にぬれている | 
| いただいて足りて一人の箸をおく | 
| ひとりひっそり竹の子竹になる | 
| さてどちらへ行こう風がふく・・・・・・・・・・・ | 
| 酒とおいしい水と移り行く自然をこよなく愛した究極の旅人、山頭火 | 
| の書き残した句集を毎晩読みながら、故郷の先輩に今あらためて出 | 
| 会っている。あなたの旅とは何だったのかと問いながら・・・・・・・ |