時間 |
人生80年を時間に換算すると、 |
691200時間となる。 |
先ほど君が費やした1時間も、間違いなくその中の1時間だった・・・・・ |
どう使おうと当人の勝手だが、 |
減ったからと言って補充はできないことだけは、 |
忘れないでくれたまえ。 |
アンチエイジング |
専門的な語意はあるらしいが、俗に<若返り>・・・・ |
人はなぜわが身に訪れる老いを素直に受け入れられないのだろうね。 |
わかりきったことを言うなという前に、一度考えてみてはどうだろう。 |
受け入れたくないものを黙って受け入れるというのも、 |
人生の山や谷を経験してきた者ならむずかしいことではないと思うんだが・・・・ |
いつまでも若くありたいという願いは悪いことではないが、 |
逆らっているんじゃなくて<ごまかしている>というのでは、 |
ちょっと情けないんじゃないかな。 |
栄光 |
身を持ち崩す・・・ |
華やかに脚光をあびていた人物が見る影もなく落ちぶれること・・・・・ |
過去の栄光がもう「過去」のものであるということを、認めようとしない者でもある。 |
周囲の人たちは、 |
栄光のかわりに「哀れさ」をその人間に見てしまう。 |
人生、脚光を浴びるなんてそうそうあるもんじゃないし、 |
ましていつまでも続くなんてことは夢の中の話なんだから・・・・ |
恋 |
ほんとうの恋は、だまって胸にしまっておくほうが美しい。 |
けれど、 |
気がついてほしいというのもほんとうだ。 |
どちらもほんとうだから、 |
糸はもつれたまま・・・・ |
戀(こい)という字の上部はもつれた糸がほどけない状態を表す。 |
前向き |
うまいものが食べたい、あそこへ行ってみたい、あれが欲しい・・・・ |
これらはすべて”欲”です。 |
欲があるなら、前向きに生きている証拠です。 |
打ちのめされたり、立ちすくんだりしているときには、 |
”欲”は顔を出しません。 |
根 |
修羅場を経験したことのある者には、 |
深いところに”人間不信・人間嫌い”の根が張る。 |
人間の裏や世の無情をこれでもかと見せられるとそうなるのもやむを得ない。 |
その後の本人の努力などで根の大半は引き抜けるだろう。 |
しかし、完全には引き抜けず、どうしてもわずかに残ってしまう。 |
明るく振る舞ってはいても、一人になったときにふいにそれに気付かされる・・・・・・ |
人間嫌いの人間は例外なく他人に対する深い洞察眼を持っている。 |
汚れ |
汚れた手や足や顔は、 |
それだけ過酷な、厳しい状況をくぐってきたことを物語る。 |
手や足や顔が汚れた分、心は軽くなって爽やかになる・・・それが原則。 |
何も汚さず爽やかになりたいというのは、虫のいい話だ。 |
最近どうも鬱陶しい、スッキリしないというのであれば、 |
おそらく手や足がきれいなままだ。 |
やむを得ず |
自分の意に反することを言ったりやったりしなければならないなら、 |
まず自分が率先して動き、泥をかぶることだ。 |
その姿を見て多くの人は「そういうことだったのか」とわかってくれる。 |
やむを得ず、という場面に共通する対処法である。 |
飽和 |
貪欲に吸収するのはいいことだ。 |
知らないのに知ったふりをすることの何倍も値打ちがある。 |
飽和状態は黙っていてもやってくるのだから、 |
その時が来るまで、ひたすら求めればよい。 |
温度が上がれば飽和点が上昇する原理を当てはめると、 |
発熱する(必死になる)ほどたくさんのものが吸収されるということ・・・・ |
何かを吸収するときは熱くなれ! |
”知りたい”は、 |
人間として大きくなりたい、に通ずる。 |
魅力 |
気の利いた冗談も言えない、人を笑わせる話もできない、 |
自分は面白味のない、つまらない人間だと思っている君へ・・・・・ |
できないなら無理をしてできる連中の真似をすることはない。 |
面白味はないかも知れないが、 |
代わりに君には”何か”がある。 |
それはできる連中が「うらやましい」と思うものかも知れない。 |
人の魅力は、 |
一つのものさしでは絶対に計れない。 |
結果 |
結果がすべて、という世界がある。 |
結果が出ない、出せない者は見切られる世界だ。 |
それを承知でそこにいるなら、何も言うことはない。 |
しかし、 |
結果が出せない挫折感を一度でも体験し、その虚しさを味わったら、 |
さっさと見切りをつけてその場から離れることだ。 |
結果がすべてではない、という世界も、 |
君のためにちゃんと用意されている。 |
愛おしさ |
去っていく者への愛おしさは、 |
姿が見えなくなってから一気にこみ上げてくる。 |
その残像が、追憶の領域には入りたくないとダダをこねるので手に余るが、 |
耐えて押し込むしかないのだと言い聞かせる・・・・・・ |
大切なものをもぎ取られた痛みに似た思いを |
しばらくは黙って飲み込むしかない。 |
これは、誰にとっても、いくつになっても難行である。 |
目的 |
やりたいこと、行ってみたいところ、会っておきたい人、伝えておきたいことがあるなら、 |
急ぐことです。 |
人生この先何があるかわかりません。 |
そのうち、などとのんびりしているとあっという間に時が経ち、できなくなることを知りました。 |
余裕のあるうちに、とりかかることですね。 |
人が老いることの目的は、 |
心残りを減らすことだと思えてなりません。 |
失う |
通常ではない”何か”を手に入れるということは、 |
代わりに”何か”を犠牲にする、つまり失うということ・・・・ |
失うもの<得るもの、という不等式はまるで麻酔薬のように静かにしみ込んでいき、 |
やがて失うものを見えなくしていく。 |
麻酔から覚めたときには |
得たものがすべてになって、何を失ったのかさえわからない。 |
劣等感 |
すべてにおいて他人より勝っていることなどあり得ないのに、 |
なぜか劣っていることが気になる人間固有の心理、 |
他人と何かを比べるから生まれる負の自己診断・・・それが劣等感。 |
あきらめるか、奮起するか、対処法はその二つだが、 |
二つを融合させることはできる。 |
たしかにそこは劣るが、こっちは負けてはいない、と言えるものを持つことが |
最善の対処法。 |
自問 |
お前らしいことを何かやり遂げてこい、と言われて |
この世に送り出してもらった。 |
それ以来、うれしいこと、悲しいこと、つらいこともたくさんあった。 |
それらを経験することも何かをやり遂げるために必要なことだったのだろうか。 |
未だ答えは見つからない。 |
自分らしいことは何かできたのだろうか、と自問する日々である。 |
止まらない |
学生時代、何を血迷ったか、「陶芸部」というサークルに身を置くことになった。 |
見よう見まねで作品をつくり、焼いてもっぱら酒飲みの道具にしていた。 |
なかなかおもしろいものだと思った。 |
仕事に就いてからも興味はさめず、高名な陶芸家の家に何度も足を運び、 |
ついには自宅に小屋をつくり、ロクロや窯を買い、釉薬の原料を揃え、自分で調合し、 |
休日には窯の前で飽きることなく炎を見つめたものだ。 |
わらや笹の葉を灰にして釉薬にすると、真っ白に発色する事を知ってからは、 |
近所で野焼きのけむりが上がると急いで駆けつけ、灰をもらって帰った。 |
そこに近くの山でとってきた赤土を少々混ぜると渋い白濁に焼き上がる。 |
これがまた何とも言えない趣き・・・・ |
山登りといい、陶芸といい、絵画といい、これだと思いこむともう止まらなくなる。 |
好き勝手させてもらい、家族は迷惑だったかもしれないが、それはいい、 |
これが”私”なのである。 |
夫婦 |
この人だ、と決めて生涯を共にするわけだが、 |
なぜこの人なのか?と問われても困る。 |
そう決心させる”出会い”が確かにあったのだ。 |
もう少し待っていれば他の出会いもあったはず・・・などとは思わないから、 |
毎日同じ顔を見ていてもいっしょに暮していける・・・・・ |
そのことを互いに暗黙の了解として腹に収めている。 |
器 |
己を知る・・・というのは、 |
自分の<器>の大きさを知ることだ。 |
その器に何をどれだけ入れるかは、 |
器の大きさがはっきりするにつれて、おのずとわかってくる。 |
やってきたこと、やろうとしていることは、 |
すべて君の器が決めている。 |
つながり |
会話が心を弾ませる。 |
見つめ合いが心を温める。 |
ふれあいが心を溶かせる・・・・・ |
人と人とのつながりは、 |
ならんで座っていても深くはならない。 |
秘訣 |
ガラスコップとガラスコップをぶつけると割れてしまうだろう。 |
だけど、ガラスコップと紙コップなら割れることはない。 |
そうなんだよなぁ・・・ |
どちらかが柔らかくなる・・・・それが、 |
長く続く秘訣だね。 |
延長線 |
かつて何度も冬山に挑んだことがある。 |
15キロを超える装備を背負い、アイゼンを装着し、ピッケルを頼りに |
深い雪や凍った登攀路をただひたすら頂上を目指したあのころ・・・・ |
吹雪に見舞われ、まつ毛や髪の毛も凍りつく極寒の中でテント泊もしたが、 |
バカなことをやっているなどとは一度も思わなかった。 |
過酷な自然の中で、自分の限界と戦う心地よさがあった。 |
今こうして雪深い山里が苦にならずにいられるのも、 |
あの日々の延長線上を歩いているから、という気がしてならない。 |
雪は嫌いではない。 |
余分なもの |
今の自分に<余分なもの>は何か・・・・ |
その答えが見つかれば、 |
今いる場所が最上の居場所となる。 |
余分なものは、持っていると疲れるものだと思えばよい。 |
味 |
「おふくろの味は?」と問われてどんな食事を思い出しますか。 |
母親とのつながりを忘れないためには覚えておくことでしょうね。 |
だれも問いませんが、夫たる者にはもう一つ大事な問いがあります。 |
「妻の味は?」・・・・ |
家庭を持つ世の男たちは、 |
この問いにもぜひ答えるべきです。 |
何も思い当たらない、というのでは、 |
糟糠の妻に失礼千万だとは思いませんか。 |
道理 |
なかなか思うようにいかない、というときの原因は次の二つ。 |
対象の<解釈>を誤っている、対象に迫る<道筋>を誤っている・・・・ |
いずれも誤っていることに気付かなければ解決はむずかしい。 |
解釈を見直し、それに基づくアプローチを練り直す、それが軌道修正の基本、 |
思い描く青写真に狂いがあれば、建てた家が傾くのも道理である。 |
怒り |
腹が立ったからといって、 |
大声を出して怒鳴ってもだめなんだよなぁ・・・・ |
煮えくり返った腹の中から出てくる言葉は、 |
熱過ぎて相手をやけどさせてしまう。 |
相手に伝わるものはやけどの痛さだけ。 |
相手に「しまった!」と気付かせる時間を与えるためにも、 |
普通の声で、ゆっくり・・・・ |
ただ、目には怒りを存分にこめて。 |
源(みなもと) |
若いから踏ん張れることがある。 |
だが、若いから踏ん張れないことだってある。 |
老いたから踏ん張れないことがある。 |
だが、老いたから踏ん張れることもたくさんある。 |
踏ん張る力の源は、 |
年齢に関係なく、守らなくてはならないと思うものへの愛着の深さだ。 |
歯を食いしばって耐えた経験の回数だ。 |
少なくとも体力ではない。 |
雑音 |
どんなに自分ではいい音楽だと思っていても、 |
興味のない者にとっては雑音でしかない。 |
いい音楽だから聴け、と強いれば、雑音をこえて”騒音”にもなる。 |
似たようなことを周囲の人間にしてはいないか・・・ |
もちろん、<音楽>を他のさまざまなものと置き換えて。 |
自省と自戒は |
騒音になってからでは手遅れになる。 |
自分のための |
誰かのためでなく、自分のために・・・・ |
やれることがある。 |
やらなければならないことがある。 |
誰も見てくれなくても、 |
そうすべきことが・・・・・ |
願い |
人に好かれるのはいいことです。 |
でも、 |
人に好かれようとしてはいけません。 |
秘策 |
映画やドラマで、筋書きはおもしろいのに見たらまったく期待はずれ、ということがある。 |
その原因の一つが、<ミスキャスト>・・・・ |
つまり、主人公の人選ミス、何かちぐはぐ、違和感がぬぐえない。 |
人気があるという理由だけで演技力のない人、 |
演技力はあってもその主人公のイメージに合わない人、 |
そんな人を主役にすると、どんなに前評判がよくても”羊頭狗肉”となる。 |
そんなとき、いつも考えることにしている。 |
自分が製作者なら誰を主役に選ぶか・・・・ |
おもしろくないドラマや映画を見るときの秘策かも知れない。 |
木 |
花を咲かせ、実をつけ、虫や鳥や獣たちを呼び、 |
葉を茂らせ、人間の目を楽しませ、光合成で酸素を作ってくれ、 |
切り倒されると建材になり、和紙やチップになり、薪になり、炭になる。 |
燃え尽きると灰になり、あく抜きや陶芸の釉薬になり、最後に肥料になる・・・・・ |
ふだん何気なく見ている彼らだが、大した連中だとは思わないか。 |
ここまで「生き尽くせ」と言われると |
とても真似はできない、と思い知らされる。 |
判断 |
苦しい時には、他人の指示や助言が天の声に聞こえるもの。 |
だが、 |
こっちへ行け、と指し示される方角には安易に従ってはならぬ。 |
生殺与奪を他人にゆだねる愚かさは、 |
自分で方角を決めて迷子になる愚かさの比ではない。 |
理由はただ一つ・・・・・・ |
うまくいかなかったとき、必ずその人間のせいにしたくなるからだ。 |
自分で決めておいて結果を他人のせいにすることほど醜いことはない。 |
判断はたとえどんなに苦しい状況でも自分で下せ。 |
答え |
木と木をこすり合わせると発熱し、やがて発火する。 |
その理屈を知らない者には、二本の木はただそこに転がっている木片に過ぎない。 |
勉強し、学問する目的はその一点・・・ |
なぜ勉強しなければならないのか、と問われたときの、 |
最善の答えだと思っている。 |
因数分解 |
因数分解、と聞けば遠い日を思い出し、頭の痛くなる人もいるだろう。 |
緻密に組み上げられたものを解きほぐし、素材を探すという数学の手法だ。 |
生活にはおよそ役に立ちそうもないことを学校で教えるのは、 |
どんなに堅固に見えても、ある法則に従えば必ず分解できるという事実を学ばせるためだ、と |
この齢になって理解している。 |
学生諸君、 |
こんなもの無意味だ、などと思うなかれ。 |
ややこしい数式の向こうに、生きる知恵がうんと詰まっている。 |
勝負 |
勝負をするなら、外見や口先や肩書ではなく、 |
内面からにじみ出てくるもので勝負をする人でありたい。 |
そんなものはない、などと情けないことは言わないでくれ。 |
何十年も生きてきて、その間に人間として蓄えたものが何もないということはない。 |
本当の勝負とは、 |
互いのにじみ出てくるもので競い合うものだという気がしてならない。 |
負けたと感じるのは、相手よりもそれが少ないと感じたときだ。 |
人間冥利 |
生みの苦しみ、と言う。 |
何もない”無”の中から”有”をつくり出すのだから、苦しくて当然だ。 |
それだけに、生まれたらその喜びは格段に大きい。 |
つくり出す能力を与えられた人間なのだから、 |
何かを生み出す経験は、それがたとえ一つでも「人間冥利」に尽きる。 |
自分の人生を測ると言うなら、生み出したものは何かを問え。 |
プロ |
プロの持つ精神性や技量の凄さを実感できるのは、 |
自分が同じことに挑戦したときだ。 |
真似をしようにも、おのれの実力をはるかに凌駕していて思わずため息が出る・・・・・・・ |
それこそが”プロの技”だ。 |
ただ見ている分には「すごいなあ」で終わるが、 |
プロの技を思い知った者は感動の前に鳥肌が立つ。 |
違い |
写真と絵画の違い・・・・ |
写真は、一瞬を切り取って”永遠”にする。 |
絵画は、”永遠”を凝縮して一瞬にする。 |
永遠と一瞬・・・納得である。 |
視点 |
栄枯盛衰は世の習い・・・ |
我々の知る歴史はすべてその検証であると言っても過言ではない。 |
栄えている者たちはさらに栄えたい、もっと隆盛を極めたいと願うが、 |
やがて願い虚しく衰え、消滅していく・・・・ |
そんな視点で世の中の物事や人物を見られるようになれば、 |
きっとすべてがちがって見えてくる。 |
大切なものは何か、を見誤ることもないだろう。 |
どちら |
「これでいい」・・・「これがいい」 |
わずか一文字で大きく意味が変わるんだね。 |
自分の人生に当てはめてみますか? |
これでいい? これがいい? |
どちらか |
細かいことにクヨクヨしない人間は、総じて好人物だが、 |
深謀遠慮のできない浅薄な人物だと受け止められることもある。 |
細かいことが気になってしかたがない人間は、神経質だとけむたがられるが、 |
不要な争いや思いがけない事故を未然に防ぐことがある。 |
強いて言えば自分はどちらの人間か、を知っておくと、 |
惑いに沈む回数は明らかに少なくなる。 |
失敗 |
一度の失敗は文字通り<失敗>だが、 |
同じようなことを何度も繰り返すなら、 |
それは失敗ではなく<構造>である、という。 |
耳の痛い指摘だと思うなら、 |
自分の中にも構造的欠陥、もしくは構造的弱点があると判断した方がよい。 |
特権 |
若者の特権は、人生の先が見えないということです。 |
見えないこと、わからないことが彼らのすばらしい特権なのです。 |
見えなくてもいい、いや見えないからこそ素晴らしい・・・・・・ |
長く生きた者たちは、 |
自分の人生の”正体”をほぼ知ってしまうために |
ゴールまでの道はよく見えるかわりに、 |
先の見えない知らない道は歩けなくなります。 |
予兆 |
いいことはいつも突然やってくる。 |
予兆はない。 |
予兆を知らせると人間は舞い上がってしまって、 |
身の程知らずなことを考えるからかもしれない。 |
前ぶれなく突然やってくるから、 |
いいことは余すところなく喜びになる。 |
信じる |
世の中で一番強いものは? |
財力や権力、腕力や過去の栄光などではありません。 |
信じる心・・・・です。 |
親子、恋人たち、師弟、夫婦、親友、 |
普通に生きる人たちがごく当たり前のように持っているものです。 |
人と人が結びつく動機に前述の「力」をあてはめてごらんなさい。 |
行き着く先に見える不純さが容易に想像できるではありませんか。 |
見返りを求めず、ただひたすら信じることより強いものは、 |
この世にはありません。 |
願い |
どうか幸せでいてください・・・ |
どこか遠い空の下で、あなたのことをそう願っている人がいます。 |
この道 |
人は知らず知らずのうちに |
最良の人生を選択しながら生きている。 |
あの時の、あの失敗が |
今、この道を歩くきっかけをつくってくれた・・・・ |
あの時の、あの喜びが |
前を向いて明日を生きる情熱を支えてくれた・・・・ |
最良の人生は、 |
まちがいなく今歩いている道である。 |
埒(らち) |
<埒(らち)>とは、元は馬場の周囲にめぐらした柵のこと、 |
そこから転じて、物事の周囲、範囲、きまりとなった。 |
埒もない・・・・周囲に柵のない馬場は役に立たない、つまらないもの。 |
不埒な奴・・・・柵もない馬場は使い物にならない。 |
埒があかない・・・・柵の開かない馬場の馬は外に出せない、どうしようもない。 |
放埓(ほうらつ)・・・・柵を開け放つと馬は勝手に走り回る、勝手気まま、奔放なこと。 |
いやいや、埒もない話になってしまいました。 |
サイン |
これまでに経験し、そこから何等かの教訓を得た例をリストアップすれば |
おそらく膨大な量になるだろうね。 |
すべてをすぐに思い出すことはできないんだが、 |
それらはすべてちゃんと自分の中に記録されているんだ。 |
顔にシワが刻まれるのは、 |
たっぷり記録できていますというサインでもある。 |
記録の量でそこらの若造に負けることはない、と自信をもって生きようじゃないか。 |
ものさし |
ふえていくものを測るものさしはみんな手にしてきた。 |
だが、減っていくものを測るものさしは持ってこなかった。 |
だから、少なくなり、減り始めるとみんなオロオロする。 |
減っていくものが測れるようになって初めて、 |
人として一人前に成熟する。 |
こんなもん |
今がいちばんいい、と思って暮らせる人と、 |
今が最悪だ、と嘆きながら暮らす人との差は、ほんのわずかだ。 |
どちらも一瞬のできごとや状況の変化であっという間に入れ替わる。 |
最大値と最小値は一つの点であり、変動可能・・・・ |
まあこんなもんだろう、と思いながら暮らすことだな。 |
飾り |
身だしなみは大切です。 |
それは相手に不快感を与えないためです。 |
化粧も大切でしょう。 |
それは自分に自信を持つためです。 |
外観を万全に整えたら、 |
さあ、次は中身ですね。 |
老眼 |
”老眼”という身体的変化は実に小気味よい。 |
しばらくつき合っていれば、だれでも仲よくなれることもその理由の一つだが、 |
生理学的な原因を言う前に、「おまえも十分に長く生きてきたんだよ」と、 |
問答無用で納得させる力を持つからだ。 |
<老化>と呼ばれ、忌み嫌われる体の変化を、 |
これほど鮮やかに、確実に、しかもなめらかに納得させてくれるものはない。 |
そのおかげで、心の準備が整い、 |
人は穏やかに老いの一歩を受け入れられる。 |
子育て |
全く未知の経験だから、 |
若いお母さんたちが子育てに悩むのは仕方がない。 |
経験豊富な老父母が同居していた昔なら、いろんな知恵も借りられただろう。 |
「子どもはそんなもんだよ」と一言言ってもらうだけで、ずいぶん楽になることだってある。 |
それが望めない今、 |
日々自分の”力量”が試される圧迫感が消えない。 |
自分の思い通りに、子育てマニュアルに登場する”いい子”のように育てたい、と |
思っているうちはそれから逃れられないだろう。 |
子どもは育ちたいように育つ・・・ |
そう腹を決めるだけでずいぶん楽になるし、 |
そう決めたお母さんをだれも責めたりしない。 |
美しい |
懸命に生きている人の生き様は例外なく美しい。 |
ぶざまに見えても美しい。 |
君はそんな人を一人でも知っているだろうか。 |
その人のおかげで |
美しいと感じられる感性が磨かれているだろうか。 |
手土産 |
古い話だが、あの頃あの時がいちばん楽しかった・・・・・ |
そう言われると納得できる体験があるだろう。 |
あの時以後も楽しいことはいろいろあっただろうに、 |
なぜかその時のことがいつも浮かんでくる・・・・ |
いいんじゃないかな。 |
そんな手土産をもって未知の年齢を生きるのも・・・・・ |
本質 |
主に外見で判断していた人物評価が、 |
しだいに本質を見るようになっていく・・・・・ |
と言うより、本質が見えるようになる、それが人として成長するということ。 |
どうしても外見にこだわってしまうというなら、年齢に関係なくまだ<若造>である。 |
この人間はどういう人間か、が見えるから、 |
一旦惚れるとその気持ちは簡単には揺らがない。 |
旅路の途中で |
さわやかな印象を残して自分の前から去っていった人がいる。 |
さわやかであったがゆえに、余韻の中に雑音はない。 |
長い旅路の途中で、 |
ほんとうにいい人にめぐり会えた・・・・ |
それだけはまちがいない、と何度も繰り返し唱えながら、 |
また一つ齢を重ねていく。 |
番組 |
年をとったんだなあ・・・としみじみ思うのは、 |
大晦日の「紅白歌合戦」を見たとき。 |
ほとんどの歌手や曲になじみがない・・・ |
なるほど、そういうことなんだな、と納得する。 |
長く続く番組だけに、その時代その時代でそう感じてきた人も多いことだろう。 |
あの番組は、 |
釘づけになって見ていた若い日から今日まで |
着実に、ごまかしなく年を重ねて生きてきたのだ、と |
世の人々に教える番組である。 |
2016年 |
あなたもわたしも、 |
これからこの一年、未知の年齢を生きようとしています。 |
どんな一年だったのかを知るのは、 |
ずいぶん先の話ですね。 |
十分な時間をもらっているのですから |
存分に生きてみようじゃありませんか。 |
いいことがいっぱいありますように・・・・ |