雑感 2015 バックナンバー21
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| 一年は終わるけれど |
| あなたが温かい部屋でくつろいでいるとき、 |
| 寒風の中でじっと耐えている人たちがいる。 |
| あなたが今晩食べた食事が、 |
| 夢のようなごちそうに思える人たちがいる。 |
| あなたのせいではないけれど、 |
| あなたがほんのひととき、思いを馳せてもいい人たちだ。 |
| みんな生きている。 |
| みんな必死で生きようとしている・・・・・ |
| それだけは、 |
| いつも心の中で感じ続けられる人間でいたい。 |
| 雑用 |
| 職場には「雑用」と呼ばれる仕事をする人がいる。 |
| 「雑用」・・・・・・ |
| もともと「雑用」と呼ばれる仕事などは在りえない。 |
| 掃除にせよ、お茶くみにせよ、ゴミ捨てにせよ、 |
| 職場を機能させるために不可欠の仕事ではないか。 |
| 雑用という言葉が口から出そうになったら、 |
| 心して他の言葉を探すことだ。 |
| それがそんな仕事を引き受けてくれる人への |
| 最低限の誠意だろう。 |
| 暮らし |
| 人の暮らしの形態はさまざまである。 |
| 一人で、夫婦だけで、家族で・・・・・・ |
| 形態はさまざまでも、共通することがある。 |
| この先きっといいことが待っている、という望みや期待を持ち続けているという点で・・・・ |
| それがどういうかたちで、いつやってくるのかはわからないが、 |
| 漠然とした夢のような期待感が日々の暮らしを支えてくれている。 |
| 時おり”失望”もあるが、やがてまた新しい期待感は生まれてくるものだ。 |
| そんなものはない、などと淋しいことを言わずに、 |
| やってくるはずの変化を楽しみに今夜も床につきなさい。 |
| 祈り |
| 明日がいい日になるように・・・・ |
| 再会できるように・・・・ |
| 次はうまくいくように・・・・ |
| 次に来るものを思い描ける人間だけが、 |
| 「祈る」という手段を手に入れた。 |
| だれが叶えてくれるかということが問題ではない。 |
| 叶えられた姿を思い描くということが大事なのだ。 |
| 真に祈る時に、神や仏の顔は浮かばない。 |
| 無理なこと |
| ある精神科医が、 |
| 「余命3日です、と宣告されたらあなたは何をしますか」と話していた。 |
| 余命3日・・・・・・ |
| 考えるだけでも恐ろしい事態だが、 |
| 考えてみた。 |
| おそらく2日間は、何をしようかと焦りながら考えるだけで終わるだろう。 |
| 最後の1日は結局ぼんやりあれこれ考えながら終わる・・・・・ |
| つまり、何をするかと問われて何もできないというのが答えになる。 |
| 生涯のしめくくりは3日ではとうてい無理なのである。 |
| 「老後」と呼ばれる長い時間が与えられるのは、 |
| 3日では無理なことをしっかり考えろ、ということなのだろう。 |
| ありがたい |
| 「ありがたい」は「在り難い」の意・・・ |
| 在ることがむずかしい、滅多に在ることではなくまれだ、ということから謝意に転じた。 |
| 最近ありがたいと感じることがあっただろうか。 |
| 滅多にあることではないからこそ、わが身の幸運に感謝したくなる・・・・・ |
| 恵みは、それが在り難いことだと感じられる者にしかやってこない。 |
| ボタン |
| 失敗の多くは、 |
| 最初のボタンのかけちがいである。 |
| 失敗だったと気付くのはたいてい最後のボタンが近づいてから・・・・・ |
| 経験不足や思い上がりがこわいのは、 |
| 最初のボタンの穴を見誤ること。 |
| ボタンの穴で手痛い失敗をした者は、 |
| 次からまず最後の穴の位置を確かめる。 |
| 人 |
| 控えめで、慎み深い人がいます。 |
| 人一倍熱い心は持っているのに表に出さない人です。 |
| 立場をわきまえ、不要の言葉を抑えている人です。 |
| なぜそれほどに・・・と思うくらい我慢する人です。 |
| 立つ位置はいつも人の後ろです。 |
| そんな人に惹かれます。 |
| 正反対の人を多く見過ぎたからでしょうか。 |
| 伴侶 |
| 夫婦はたがいに自分の器に見合った、自分にふさわしい相手と結ばれている。 |
| 以上でも以下でもない相手だから、 |
| 何十年もいっしょにいられる。 |
| そうでない相手だったら?・・・ |
| そんな恐ろしいことは考えないことだね。 |
| おいしい |
| おいしい水と、おいしい空気と、おいしい景色・・・・・ |
| それがこの世でもっとも”おいしい”ものだと気付くまで生きなさい。 |
| 名物料理や豪華で高価な料理は世界中にありますが、 |
| 世界中のだれもが例外なくおいしいと感じられるものは |
| これしかありません。 |
| 長生きをするのは、 |
| それを確かめるためでなくてはなりません。 |
| 問 |
| 便利な暮らしだと思いますか。 |
| 快適な暮らしと思っていますか。 |
| 何かが足りないと思うことはありませんか。 |
| どこかに落とし穴はありませんか。 |
| 鬼 |
| 誰のせいにもするわけにいかないことを |
| むりやり誰かのせいにしたくなる・・・・・・ |
| 気をつけたほうがいい。 |
| そんな時、心の中では”鬼”が暴れている。 |
| 自分そっくりな顔をして・・・・・ |
| ホッとして |
| 一杯のお茶やコーヒーにホッとして癒される時間がある。 |
| ある人の顔を見るとホッとして安心できる時間がある。 |
| 他には何もいいことがなかった一日でも、 |
| ”ホッとした”時間が持てたのなら心だけは十分に潤った・・・・・・ |
| 心がゆるむ時間をぜひお持ちなさい。 |
| まず一つ |
| 気が滅入るような予定が眼前にある。 |
| 考えれば考えるほど、気が重くなる・・・・ |
| そういうときはね、 |
| 何でもいい、とにかくまず一つを何とかして片づけるんだ。 |
| そうすりゃあ、次にやることが具体的に見えてきて先が少し明るくなる。 |
| じっとしてちゃだめだね。とにかく動かなきゃ・・・・・ |
| 動けば必ず何とかなる。 |
| 知恵 |
| 災いや難事に馴れる、ということはない。 |
| 何度経験してもその都度身がすくみ、腰が抜けそうになる。 |
| だが、何度も経験していると、 |
| 受けとめ方に変化が表れる。 |
| すべてを体全体でまともに受けとめるのではなく、 |
| 受け流してよいものは見ぬふりができるようになるのだ。 |
| 激流には激流の泳ぎ方がある、ということが |
| 齢を重ねた知恵としてわかってくる。 |
| 証し |
| 過去のあれこれ、思い出せばきりがない・・・・・ |
| それは長い年月、生きてきたという証し。 |
| 決して平凡ではなかったよ、と |
| 一つひとつの記憶が周辺の記憶を集めて訴えている。 |
| あんなこともこんなことも、 |
| 思い出せるなら、みんな自分の”存在証明”・・・・・・ |
| 生まれたばかりの赤ん坊には、思い出せる記憶がない。 |
| 愛情 |
| 愛情の強さを測ろうとしていませんか。 |
| 幼い子どもなら許せますが、 |
| 大のおとながすることではありません。 |
| 愛情は、求めるものではなく与えるもので、 |
| 与えたものに比例して、いや、与えたもの以上に大きくなって返ってくるものだと、 |
| もうわかってもいい頃ですが・・・・・ |
| 分岐点 |
| 人には、 |
| あの時、別の決断をしていたら違う人生になっていたかも知れないという、 |
| 分岐点のようなものがある。 |
| そんな分岐点がいくつもいくつも現れて、進む道を問われてきたはずだ。 |
| 自分でこの道と決めたのだから、 |
| 今歩いている道が最善の道だったのである。 |
| 喜劇 |
| 喜劇には「哀しみ」が貫かれている。 |
| それを演じきれない役者も、感じきれない観客も、 |
| 饅頭の皮だけを食べて「これが饅頭だ」と満足している。 |
| 笑いの中に哀しみの見えない”喜劇”は |
| 娯楽にはなってもホンモノではない。 |
| 星 |
| オリオン座の左上に赤く見える星は「ベテルギュウス」ですが、 |
| 星の寿命の99%以上が終わり、いつ死んでもおかしくない星だと言います。 |
| 星が死を迎えると大爆発を起こして、粉々になって消えてしまいます。 |
| 地球から比較的近い星の「超新星爆発」が見られるとあって、 |
| 世界中の天文学者たちは期待をこめて準備を進めているそうです。 |
| いったんは粉々になった星のかけらが |
| また集まって新しい星が誕生するといいます。 |
| 時間の尺度は違いますが、 |
| 生物のいのちと同じ営みが宇宙でも起こっているということに |
| 本当に驚きます。 |
| 資質 |
| どれほど腕がよくても、患者に対して傲慢で高飛車な医者は、 |
| 患者たちの口を通してその評判はあっという間に広まる。 |
| どれほど熱心でも、子どもの気持ちに寄りそえない教師は、 |
| 親たちの口を通してその評判はあっという間に知れ渡る。 |
| 相手の気持ちを本当にわかってくれている人なのか、 |
| 患者や親たちはもっとも敏感にそのことをかぎ分けている。 |
| 想像力、洞察力の欠如は、 |
| ”先生”という呼称を背負う者にとっては致命的な資質欠落である。 |
| 終わる |
| 終わらなきゃならないときに終わらないと、 |
| 次が始まらない。 |
| 終わるとは、 |
| ”次が始まる”という火種が半分以上占めている状態を言う。 |
| 本質 |
| 「悲しみ」の本質は喪失感です。 |
| 「哀しみ」の本質は寂寥感です。 |
| 二つを合わせた「悲哀」の本質は両方をあわせたもの、となるはずですが、 |
| そうはならず、何となくどちらよりも軽くなるものです。 |
| 一緒にはならないものを一緒にすると |
| そうなります。 |
| やがて |
| 人があたりまえに持っているものが自分にはない、という事実は、 |
| 初め腹立たしく、次にさびしく、やがて哀しくなっていく。 |
| あんたは |
| あんたはあんたでええんじゃ。 |
| ほかの誰かになろうとせんでもええんじゃよ。 |
| まわりの者がなんと言おうと、あんたはあんたのやりたいようにやればええ。 |
| もしうまくいかんじゃったら、 |
| そのときは、またやり直せばええじゃないか。 |
| そんなあんたを見捨てずに、味方でいてくれるもんもおるじゃろう。 |
| つり合い |
| つり合っていた天秤(てんびん)の片方のおもりがほんの少し減るとどうなる? |
| その状態が日々の暮らしにも起こるのだ。 |
| 傾いてすぐなら、何だか落ち着かなくて、 |
| もとに戻そうと、あれこれ減ったおもりを付け足そうとするだろう。 |
| 傾いて長い時間がたつと、 |
| それでつり合いがとれていると思いこんで、 |
| おもりを探さなくなる。 |
| どうだろう、今、ほんとうにつり合っているのかな。 |
| 別れ |
| じゃぁまたね・・・は明日かあさってにはまた会える者同士のあいさつだが、 |
| それを、もう会えないかも知れない別れの時に使うことがある。 |
| 短い言葉に万感の思いをこめて・・・・ |
| 切ない別れはいつも言葉にならない。 |
| 離れがたい気持ちを双方が黙って呑み込むだけである。 |
| そんな時に「さよなら」なんて、恐ろしくてとても言えたものではない。 |
| 何度 |
| 欲しいと思ったものは無情にも目の前を通り過ぎていく・・・・ |
| 欲しくもないものが目の前に現れて立ち止まる・・・・ |
| いい加減にしろ、と叫びたくなるそんな出来事を、 |
| 生涯に何度経験するのだろうね。 |
| 帰る |
| 非情の雨にうたれても、 |
| 肌を刺す寒風に晒されても、 |
| 他人の心無い中傷に傷ついても、 |
| 君には帰るところがあるじゃないか。 |
| 君を待ってくれている人がいるじゃないか。 |
| おかげで体は冷え切っていても、 |
| こころは凍っていないはずだ。 |
| 思いこみ |
| おもしろそうだと思って買った本がおもしろくなかった・・・・・ |
| がっかりはするが、さほど腹は立たない。 |
| やさしくていい人だ、と思って近づいたが、難点だらけの人だった・・・・ |
| 腹が立って、自分が情けなくなる。 |
| 思いこみの対象が物から人に近づくにつれて、 |
| 外れたときの落胆は大きくなる。 |
| イメージしたものがより自分と密接なつながりを持つことに起因する。 |
| いずれにしても、 |
| 勝手にイメージをつくり、”思いこんだ”責任は自分がとらなくてはならない。 |
| 燃焼 |
| ハッとして、 |
| ドキドキし始めて、 |
| やがて胸が苦しくなる・・・・ |
| 熱く燃える、とは言うが |
| 発熱を伴わない、不思議な燃焼・・・・ |
| 恋。 |
| 目標 |
| やろうと思うこと、やらなければならないと思うことが決まると |
| 不思議にどこからか力がみなぎってくるのが人間です。 |
| 目標を持つ、ということは、 |
| 蓄えておいた力を集めて点火装置を設置するということなのかもしれません。 |
| 人間は、 |
| 何かに向かって行動する生き物なのだという気がしてなりません。 |
| 怖れる |
| 怖れることを忘れるな。 |
| 少し慣れてくると、自分を過信して相手をナメるのが人間だ。 |
| どんなときも、どんな相手でも |
| 自分ごときにナメられるほど、相手はやわではないと知れ。 |
| 怖れることを忘れ、慢心に陥ったときに、手痛いしっぺ返しがやってくる。 |
| 尊敬 |
| 身近なところに尊敬できる人はいるか、と問われると困ってしまう。 |
| 心から尊敬できる人はいるか、となるともうだめだ。 |
| だが、敬意を表したくなる人なら確かにいる。 |
| 尊敬と敬意との違いは、 |
| その対象がその人の全部か一部分か、ということ。 |
| 全人格丸ごとだと言われるから、尊敬できる人がなかなか浮かんでこない。 |
| そんな中、尊敬できる人がいるというなら、 |
| これにまさる宝はない。 |
| 存在感 |
| 自分に”存在感”はあると思いますか。 |
| 存在感・・・・ |
| 得体の知れない感覚ですが、 |
| 何となく肌で感じられるものです。 |
| 自分を悩ませているものがあるとしたら、 |
| それが原因かもしれません。 |
| あのころ |
| あのころは楽しかったなぁ・・・と思い出す場面があったら、 |
| なぜ楽しかったのだろうと考えてみることです。 |
| 今の自分に欠けているものが、 |
| そこにはふんだんにあったはずです。 |
| どうでもいいもの |
| あってもなくてもいいものは ないほうがいいんだな |
| 相田みつを |
| どうでもいいものを持ち過ぎています。 |
| 疲れます。 |
| 暗示 |
| かつて登った山の頂で”ご来光”を何度も見ました。 |
| 神々しく神秘的な感動に包まれたことを覚えています。 |
| かつて旅の途中で海に沈む夕日を何度も見ました。 |
| 何ゆえこれほどまでに紅く染まるのかと息を呑んだことを覚えています。 |
| 朝日と夕日がつくり出す景色を目にして心を奪われるのは、 |
| それが「始め」と「終わり」を暗示するものだからでしょう。 |
| 無意識のうちに「いのち」と重ねているのかもしれません。 |
| そうでなくては、あの感動の説明がつきません。 |
| 口実 |
| 他人を責める口実はすぐに見つかる。 |
| 他人の性格や人格を非難する口実もすぐに見つかる。 |
| ということは、 |
| 他人が自分を見るときにもあてはまるということ。 |
| 見つけた口実を口にするまえに、 |
| よく考えてみてはどうだろう。 |
| 伝える |
| 若いころ、早口でしゃべっていた人も、 |
| 老齢になるにつれて次第に早口ではしゃべれなくなる。 |
| この事実は何を物語るか・・・・・ |
| おそらく伝えなくてはならないことが厳選されて、 |
| それをまちがえないようにゆっくり伝えるためだろう。 |
| 多くを伝える必要のない齢になったのに、 |
| 早口でしゃべる年寄りは敬遠される。 |
| 思い出 |
| 父母との思い出は”動脈”であり、 |
| 祖父母との思い出は”静脈”である。 |
| はたらきのちがいは、 |
| 体の隅々まで行き渡るものと、 |
| 体の隅々から静かに還ってくるものと・・・・ |
| 惹かれる |
| やさしさは始まりを暗示し、 |
| 激しさは終焉を暗示する。 |
| 激しいものにはなぜか惹かれるが、 |
| 終わりが近いのだと承知しておく方がよい。 |
| ため口 |
| テレビのインタビューで感想を聞かれて |
| 「おいしかった」「楽しかった」などと、ため口をきく子どもが多い。 |
| そうかと思うとその一方で、ていねい語をつかって話せる子どももいる。 |
| そんな子の親やそれを指導している先生はすばらしい。 |
| ため口が許されるのは対等な立場の相手だけだ、と |
| 一言教えてやれば、子どもはすぐできるようになるのに・・・・・ |
| 初対面の相手にため口をきく大人はいないはずだ。 |
| 言葉 |
| なみだをこらえて |
| かなしみにたえるとき |
| ぐちをいわずに |
| くるしみにたえるとき |
| いいわけをしないで |
| だまって批判にたえるとき |
| いかりをおさえて |
| じっと屈辱にたえるとき |
| あなたの眼のいろが ふかくなり・・・・・ |
| いのちの根が ふかくなる・・・ |
| 相田みつを 「いのちの根」 |
| こんないい言葉がある。 |
| 幸せ |
| 幸せですか?と問われれば「はい」と答えるだろう。 |
| 理由は?と問われれば、 |
| 漠然としているが、不幸だとは思わないから、と答える。 |
| 世の多くの人たちはみなその程度の”幸福感”で生きている。 |
| ならば、一つでも明確な理由を挙げて幸せだと思えるなら、 |
| それはもう最高ではないか。 |
| 遠い彼方にあるものだと思い込まない方がいい。 |
| いのち |
| つらいときには、いのちは懸命に燃えている。 |
| 主人である君がつらさで凍えてしまわないように・・・・ |
| さびしいときには、いのちは必死で光をさがしている。 |
| 主人である君がさびしさで進む道を見失わないように・・・・ |
| 君を守るために、いのちは忙しい。 |
| 決してひとりで耐えているわけではないんだからね。 |
| 悩み |
| 悩みというのは、 |
| あとになって思えば、なんであれほど・・・・と思うもの。 |
| そのように痛みが薄れていかなければ、 |
| 次の悩みを背負い切れないではないか。 |
| 悩まなければならないなら、今はとことん悩むがいい。 |
| 後始末はちゃんとしてもらえる。 |
| 自然 |
| 究極の癒しを求めるなら、 |
| 自然の中にわが身を置いてみることだ。 |
| 自然という何かが実際にあるわけではない。 |
| 植物や水や空気、土、岩石、生き物たちがそれぞれの営みをいわば勝手にやっているだけ・・・・ |
| それぞれの勝手な営みが調和して存在している姿を人間が「自然」と呼んでいる。 |
| その調和の美しさが人間のこころを落ち着かせてくれるのだ。 |
| 自然の美しさとは、 |
| 一切の無駄のない、見事な調和の美しさなのである。 |
| それが |
| これだけあれば十分なのに、 |
| 近くにもっと豊かなものがあると知ると、手に入れたくなる衝動が抑えきれない・・・・ |
| およそ満足するという感覚を持ち合わせない生き物、 |
| 理性と本能の狭間で終生おのれと戦い続ける生き物、 |
| それが”男”。 |
| 祖父母 |
| 幼い頃の祖父母との思い出を持っている人は幸せです。 |
| じいちゃんやばあちゃん、その面影と共に |
| その頃のことを時おり思い出すと、心の奥がポッと温かくなって・・・・・ |
| 暗闇に中に灯るろうそくの明かりのような温かさを |
| 孫のいる人はぜひ孫に伝えてやりたいものですね。 |
| ちなみに、思い出づくりに |
| お金は不用です。 |
| 話 |
| よくある話です。 |
| 自分の身に起こったのは不運ですが、 |
| なあに、よくある話なので、 |
| そのうちよくある話のように片付きます。 |
| 先がある |
| 今しかできない、ということに |
| 人間はあまりに無頓着です。 |
| 今がその時なのに、今しかないのに、 |
| まだ先がある、と思うのは、自分の人生に対して |
| 失礼です。 |
| きっと |
| あなたのやってきたことは、 |
| あなたのいないどこかで、きっとだれかが評価してくれています。 |
| ちゃんと残してきたのですから・・・・・ |
| 小事と大事 |
| 小事をおろそかにすれば、いずれ大事に至る・・・ |
| 昔からそう言うではありませんか。 |
| 気に病むことはありません。 |
| 細かいことが気になる性格だから、 |
| これまで大事を招かなかったのです。 |
| 力 |
| どんなパワースポットをめぐるよりも、 |
| どんなサプリメントをさがすよりも、 |
| 朝早く外に出て陽光を体いっぱいにあびてごらんなさい。 |
| 古来より「ご来光」と呼んでその神秘の力を求める習わしがあるでしょう。 |
| 元気になりたければ、 |
| 隆起するものの力を借りることです。 |
| 足跡 |
| かつていっしょに何かをした人は、 |
| 自分の足跡をいっしょに作ってくれた人です。 |
| 自分の足跡が気になり始める齢になると、 |
| それがほんとうによくわかるのです。 |
| 人生、自分一人ではできなかった足跡の方が |
| 圧倒的に多いことに気付かされます。 |
| 毒 |
| 毒を消す”毒”なので、 |
| どんな薬にも「副作用」がある。 |
| 毒だと承知して飲むから薬になる。 |
| ”毒を消す毒”のような人物が、 |
| 頭の痛い難局には欲しくなる。 |
| もちろん副作用は覚悟の上で・・・・・ |
| 感謝 |
| 感謝する、というのは、 |
| 自分一人の力では到底できなかった、と謙虚に思う気持ちです。 |
| さらに、力を貸してもらってありがとう、と頭を下げることでもあります。 |
| ゆえに、 |
| 「謝る」という字を用います。 |
| 場面 |
| お前のせいだ、と面と向かって言われるのは辛いがまだいい。 |
| 誰も何も言わないが、無言の態度がそれを表す状況の中では、 |
| 居場所は「針のむしろ」になる。 |
| 非情に見えても、「お前のせいだ」と言ってやったほうが救われる場面もある。 |
| 役目 |
| 職場では、 |
| オレの言うことを聞け、と言って聞いてくれる人を育てるのが先輩の役目です。 |
| オレの言うことを聞け、と言わなくても動いてくれる人を育てるのが |
| 上司の役目です。 |
| うしろ |
| 周囲を見回して、 |
| 一番うしろにいる人間に目を向けなさい。 |
| まったくの傍観者か、さもなくばあなたが最も信頼してよい人物です。 |
| 朝露 |
| 人生如朝露・・・(人生は朝露の如し) |
| どのような人生も、 |
| 朝日が昇れば消えていく朝露のようなもの・・・・ |
| その事実を前にすれば、富や栄誉や名声、権力など何の意味があるだろう。 |
| 人生、朝露の如し・・・・・齢とともにその思いが深まる。 |
| 言い得て妙である。 |
| お金 |
| 金儲けをたくらむ人は、 |
| お金に幻想を抱きます。 |
| 生きるために必要なお金を稼ごうとする人は、 |
| お金にささやかな夢を抱きます。 |
| 幻想は「まぼろし」ですが、 |
| 夢は努力すれば実現するものです。 |
| ささやかでも、夢として求められるほうがお金にとっても幸せです。 |
| 実る |
| 十分に実った種は |
| だまっていても遠くに飛んでいくか、勝手に落ちていくでしょう。 |
| そうやって新しい命をつないでいくのです。 |
| 十分に実らなければ起こらないこの事実を、 |
| 子育ての手本にすることはできませんか。 |
| どんな花を咲かせる種になるか、などと心配せずに、 |
| 十分に実らせればいいのです。 |
| どんな花かは咲いてみればわかります。 |
| 信念 |
| これだけは譲れないというものを「信念」と言います。 |
| 仕事でも人生でも、心強く頼りになるものですが、 |
| これが信念だ、と口で言ってしまうとウソっぽくなってしまいます。 |
| 信念は言葉にして表そうとするものではなく、 |
| 自分の行動におのずと現れるものなのかも知れません。 |
| あなたの信念は?と問われて、 |
| さて何と答えるか・・・・・・・ |
| 仙境 |
| これといったことは何もなくても、 |
| いい日だった、と言える毎日が送れたら、 |
| 誰かの悪口を言ったり、誰かを羨んだり、誰かを蹴落とそうなどと思ったりはしません。 |
| 心静かに夜明けと日暮れを迎える暮らし・・・・・ |
| 「仙境に生きる」とは、まさにそういう暮らしなのでしょう。 |
| ゆえに、 |
| 山奥に住まなくても可能です。 |
| たった一度 |
| たった一度の〇〇・・・・・ |
| それがたった一度であったから、 |
| いつまでも忘れられません。 |
| 一度だけでは終わらないことをあまりにもたくさん経験したからです。 |
| 感謝 |
| 炎天下で汗を流す仕事を見下すと、 |
| いずれ寒さに震える暮らしをすることになる。 |
| 極寒の中で息を白くしながら働く仕事を見下すと、 |
| いずれ炎天下にめまいする暮らしに遭遇するはめになる。 |
| 自然に一番近いところで働く仕事には、 |
| つべこべ言わず、とにかく感謝することだ。 |
| どんなデスクワークも、地べたにいちばん近いところで働く人たちに |
| 根っこを支えてもらっている。 |
| 教えられる |
| 年下の者や、指導しているはずの子どもや部下から |
| 教えられることがある。 |
| 彼らの何気ない言動で思わずハッとさせられるのだ。 |
| 多くの場合、自らの思い込みや思い上がりに起因するのだが、 |
| それで軌道修正できるのなら救われる。 |
| 未熟であったと思い知らせてくれた彼らに |
| 立場をこえて感謝できる者・・・それが指導者である。 |
| 十分 |
| 無職です。 |
| 肩書も名刺もありません。 |
| 年金で細々と暮らしています。 |
| だれにも迷惑をかけずに、世の中の片隅でひっそりと生きています。 |
| 十分です。 |
| 何で |
| 詩人は言葉で、画家は絵の具と筆で、 |
| 音楽家は楽器と楽譜で、自分の持てるすべてを表現しようとします。 |
| 自分が自分であることをはっきりさせる・・・・・・ |
| あなたは何で? |
| ひょっとすると |
| ・・・・幸せは歩いてこない だから歩いていくんだよ |
| 一日一歩 三日で三歩 三歩進んで二歩さがる ・・・ |
| 「三百六十五歩のマーチ」の一節である。 |
| 三歩進んで二歩さがってもいいじゃないか、 |
| 一歩だけは確実に前へ進めているのだから、と言われると |
| 何だか妙に説得力がある。 |
| 人生、そんなに歌の文句のようにいくものか、と思うこともあるが、 |
| たしかにそういうこともある。 |
| 欲 |
| どうにもならないと思うからあきらめがつく。 |
| 何とかなるのでは、と思うから欲が出る。 |
| 何とかなるのでは、と思ったが結局どうにもならないとわかると、 |
| 欲をもった分、あきらめるのに悔しさが募る。 |
| 記憶 |
| 仕事の手を休めて、ふと外を見る・・・・・ |
| そこから見える景色に埋め込まれた記憶が、鮮やかによみがえってくることがある。 |
| 何気なく見たつもりであろうが、そんな時は、 |
| その記憶にかかわった人が今、遠くであなたを想っている。 |
| 時代 |
| ぼくの髪が肩まで伸びて 君と同じになったら・・・・ |
| 吉田拓郎「結婚しようよ」 |
| 1970年代、若者たちの間では長髪が流行した。 |
| 既成の権威に反発する、という当時の風潮が背景にあった気がする。 |
| ご多分に漏れず、私の髪も肩まで伸びていた・・・・・ |
| 同世代のお父さんたちの中にはそんな人もいるだろう。 |
| あの時代とは一体何だったのか、答えはまだ見つかっていない。 |
| 孫に話すと、「うそっ、まじで?気持ち悪い!」という返事が返ってきた・・・・・・ |
| 小言 |
| 「子どもをほめる前につい小言が出てしまい、一日が小言で終わってしまいます」・・・・・・ |
| あるお母さんからそんな相談を受けたことがある。 |
| 心配いらない。 |
| 子どもはそんなことはすぐに忘れてしまうし、 |
| 小言を言われたからといって母親を恨む子どもはいない。 |
| 小言を愛情の証しだと容易く変換できるのが子どもであり、 |
| それも母の愛情だと記憶しながら育っていくものだ。 |
| 見守る |
| 両手を広げて、小指だけを曲げてごらんなさい。 |
| 薬指もいっしょに曲がりませんか。 |
| 見守るというのはそういうことなんでしょうね。 |
| 相手が曲がれば、自分も曲がる・・・・ |
| 薬指のようにいつも相手が一番見やすい位置に動くことです。 |
| 祈る |
| 離れている人にどうやって気持ちを伝えますか。 |
| 電話、メール、手紙、贈り物・・・・? |
| そんな便利なものがなかった昔の人たちはどうしていたのでしょうね。 |
| おそらく、届けと祈る・・・・・だけだったでしょう。 |
| 虚しいことだと思ってはなりません。 |
| 結果がわからないもどかしさはありますが、 |
| 便利な手段が使えない相手には、 |
| いまでも有効な方法です。 |
| 愛する |
| 一人の人間を愛することで精いっぱいです。 |
| 何人も同時に・・・なんてできるはずがありません。 |
| あこがれや願望なら、10人でも20人でも大丈夫でしょうが、 |
| 真底愛する、というなら一人だけです。 |
| そんな一人にめぐり会うために、 |
| 人生、長い時間をもらっています。 |
| 必要なのは |
| ホントかどうかは定かではないが、 |
| 役者や俳優や歌手が旅番組に出るようになったら”落ち目”だと聞いたことがある。 |
| 要求されるのは知名度であって、 |
| そこでは看板である演技力や歌唱力を必要とされないからだろう。 |
| なるほど・・・と思ってしまう。 |
| 持ち味だと思っているもの以外を求められるのは |
| 案外つらいものだ。 |
| 草食 |
| 草食系男子が増えているだって? |
| そりゃあそうだろう。 |
| 争って一切れの肉を手に入れなければ生存できない肉食の社会を国民総がかりで駆逐して、 |
| 争わなくても食べていける草食の世の中にしてきたのだ。 |
| いまさら驚くことでもないだろう。 |
| 荒々しさや猛々しさはなくても、 |
| 草食動物たちもそれなりに繁栄しているではないか。 |
| 草しか食べたことのない者に、肉を奪ってでも食えと求めるのは、 |
| それは無理というものだ。 |
| つじつま |
| その時は人生を左右する決定的な一大事だ、と思えた出来事も、 |
| 齢を重ねて老年になると、一つの通過点に過ぎなかったと思えてくるから不思議だ。 |
| 驚天動地の出来事など、今思えばあったような、なかったような・・・・ |
| 天にも昇る絶頂感も、奈落の底に落ちる挫折感も |
| 過ぎてみれば「そういえばそういうこともあったなあ・・・」ということになる。 |
| せわぁない・・・(山口の方言で、心配ないの意) |
| 人生のつじつまは、最後にはちゃんと合わせてもらえる。 |
| 旅の終わり |
| 旅の終わりに何が見たいか、それを決めることが |
| 旅の価値を左右する。 |
| 途中に何があろうと、要するに最後に見たいもの、 |
| それこそが旅の真の目的である。 |
| 長い旅なので、今はまだ決まらないかもしれない。 |
| だが、 |
| いずれ決めなくてはならない時がくる。 |
| 今見ている人も景色も、今やっている仕事も、 |
| そのための材料集めだと思えばよい。 |
| やがて |
| 今は浮かれ騒いでいる君たちも、 |
| みんな齢をとってやがて年寄りになる。 |
| 気力や体力の衰えが静かに忍び寄ってきて、 |
| 気持ちも体も”秋色”に感じられるようになるのだ・・・・・ |
| そんなことはわかっている、と言わないでほしい。 |
| だから今を楽しんでいる、と言わないでほしい。 |
| 無関心も困るが、開き直られても困ってしまう。 |
| 将来のお手本となる年寄りは近くに大勢いるだろうから、 |
| せめて「あのように年をとりたい」と思い描くことくらいは、 |
| 手抜きをせずにやってみてくれ。 |
| 全容 |
| 思い通りにいかないもどかしさに手を焼きながら、 |
| それでも時は流れていく。 |
| 手は焼いたが、手抜きはしなかったという思いが |
| やがてひそかな誇りとなる。 |
| 子育て・・・ |
| 彼らが巣立ってみて初めて、その全容が理解できる。 |
| 喜ぶ |
| 喜べる時にはうんと喜びを味わっておきなさい。 |
| たとえ束の間の喜びでも、感情を持つ人間ならではの至福の高揚を |
| 我慢して遠慮するのはもったいないと思うよ。 |
| 今喜べない人だっているんだし、明日は辛いことが待っているかもしれないだろう。 |
| その喜びは、 |
| 君に味わってもらいたくてやってきた。 |
| 告白U |
| 好きですと告白した。 |
| 好きではありませんという答えが返ってきた・・・・・ |
| それで終わりになるはずだが、そうはいかない。 |
| 好きですという気持ちが消えたわけではないからだ。 |
| これが失恋なのだと気持ちの整理がつくまでには、長い時間がかかる。 |
| つらく、切ない時間になるだろう。 |
| 「失恋」という言葉がこの世からなくならないのは、 |
| 世界中のいたるところで、人種をこえてこの営みが繰り返されるからだ。 |
| 自分にとっては一大事でも、 |
| 人類にとっては”想定内”のことである。 |
| 今 |
| 今より若い時はない。 |
| 人生、”いま”が一番若い。 |
| ほんの少し、焦ってもいいのでは・・・・ |
| 強い |
| 強いから生き残るのではない。 |
| 生き残った者が強いのだ。 |
| 目は口ほどに |
| 人間の「白目(瞳のまわりの白い部分)」には役目があるとご存じですか。 |
| 人間だけの特徴で、他の多くの哺乳類や人間に近いサルの仲間にはないそうです。 |
| 自然界で敵と遭遇したり、仲間と序列を争ったりするとき、 |
| 互いににらみ合いになった際に、飛びかかるタイミングが白目があると相手に悟られて、 |
| 争いには非常に不利なのだそうです。 |
| 白目があると、目の動きがとてもよくわかるからでしょう。 |
| ならば人間にはどうして?・・・・・ |
| それは、見つめ合うことでコミュニケーションをとることができる進化をしたからです。 |
| 目の動きで相手の気持ちや伝えたいことを読み取る能力です。 |
| 「目は口ほどにものを言う」というのは、そういうことなのだと知りました。 |
| 白目は意味もなく白いのではありません。 |
| 有効に使わなくちゃいけませんね。 |
| 打ち込む |
| 顧みて打ち込めるものがあったと言える人生は、 |
| 一人の人間が創作し得る”最高傑作”です。 |
| 打ち込めば何等かの成果もあったでしょう。 |
| 成果はなくても”燃えていた”という記憶もまた立派な作品です。 |
| 打ち込めるものがある今を、 |
| どうか大事にしてください。 |
| やり尽くす |
| ばかなことを性懲りもなくやっている、と自戒をこめて思うなら、 |
| とことんやり尽くしてみることです。 |
| やる気が失せるまでやればいいのです。 |
| 「もういい、十分だ」という日が必ず来ます。 |
| わが身の経験上、どうもそれしかないようです。 |
| 大切なもの |
| 日常の見慣れた景色や人ごみに飼いならされ、 |
| 煩わしい人間関係に右往左往しているうちに、 |
| 人は少しずつすり減っていく。 |
| 今ある暮らしがすべてだと思い込んでしまうと、 |
| すり減っていく自分に気付かない・・・・・・ |
| 君は何か大切なものを見落としてはいないか。 |
| 二位 |
| 「シルバー(銀)」は常に二位である。 |
| 「ゴールド(金)」にはなれないからだ。 |
| 金がこの世からなくなることはないので、 |
| 銀は永遠に二位である。 |
| 永遠に二位という「座」は、実は人間の社会にも存在するが、 |
| 多くの場合、それは敗者や無念を意味する。 |
| 初めから金など望まず銀でいいと思う者だけが |
| 銀に金以上の価値を見いだせる。 |
| 告白 |
| 好きです、と告白することは、 |
| 生涯のなかでそう幾度もある決断ではない。 |
| 許諾か拒否か、結果を知ることは怖いものだ。 |
| それでも敢えて告白を決断するから、 |
| その瞬間、人間はまったくの無防備になれる。 |
| 無防備なので、結果がこころの一番奥深くまで届いて大きく揺さぶられる。 |
| 防備をかためて告白するのは、 |
| 詐欺師の手口である。 |
| 仮住まい |
| 休日や連休になるとどこかに出かけたくなるのは、 |
| 今いるところが「仮の住まい」だからである。 |
| そこが例えどんなに気に入った自宅であっても、 |
| タマシイはどこかでさまよっている。 |
| コメ |
| 茶碗一杯分のご飯にはおよそ2500粒のコメが入っています。 |
| 稲の穂一本には約70粒のコメがつき、一株には約22本の穂がつきます。 |
| そうすると、茶碗一杯分のコメは二株弱ということになります。 |
| そんなことを考えながら、 |
| 稲刈りの手伝いでコンバインに乗って稲を刈っています。 |
| 近くで黄金色に実った田んぼを見たら、 |
| 思い出してみてください。 |
| 二株で茶碗一杯なのだと・・・・・・ |
| 心理 |
| 「うらやましい」という心理は実に人間的である。 |
| 他人は恵まれて、それと同等のものが自分にはないという状態は |
| 暮らしていれば日常茶飯事のことなのに、なぜか気になって仕方がない。 |
| うらやましければ自分も真似をすればよいのだが、それはできない。 |
| メンツやプライドが許さないのだ。 |
| 羨望も度を越すと嫉妬に変わり、やがて憎悪となることもある。 |
| うらやましいと感じたら、それはもう片目をつぶるしかないだろう。 |
| 情と常 |
| 世の無情を嘆きたくなるときがある。 |
| 人生の無常に深いため息をつくときがある。 |
| 無情と無常・・・・・ |
| 人間として成熟していくにつれて、 |
| 「情」から「常」へと変わっていく。 |
| 無情を幾度も経験して、ようやく無常の意味が分かりかけてくる。 |
| 美しいもの |
| 目に見えない現象の中に潜む真理や法則を数字と数式だけで表す「物理学」・・・・・ |
| 高校の時、この教科はいつも低空飛行の成績だった。 |
| さまざまな現象が数式で解明できるという事実には驚嘆しても、 |
| 理解するまえに、ならんだ数式を見て美しいとは感じなかったのだ。 |
| 数式を示して、先生はしきりに「美しいだろう」と言うのだが・・・・・ |
| 困ったものである。 |
| 脳の構造のどこかに欠陥があるのではないかと疑ったこともあったが、 |
| 今ならわかる。 |
| 美しいと感じる対象は人それぞれに違うものなのだ、ということが・・・・・・ |
| そしてそれは人間の値打ちには微塵も関係しないということも。 |
| ゆえに、今ならかの天才アインシュタイン氏が目の前にいても、 |
| 臆することなく話ができるだろう・・・・という気がするのだが。 |
| 絶頂 |
| 絶頂のときには心地よく聞こえる他人の賛辞だが、 |
| 一旦傾き始めるとたちまち、ざまをみろ、自業自得だ、という声に変わる。 |
| 絶頂のときの人との接し方を誤った報いだ。 |
| 絶頂の時にもっとも頭(こうべ)を垂れる稲穂には、 |
| 例外なくだれもが感謝する。 |
| 悩むということ |
| 青年よ。 |
| とことん思い悩むがよい。 |
| いい加減な妥協は君たちのためにならない。 |
| いくつになっても悩むことは尽きないのだが、 |
| 若いころの悩みこそが、 |
| その後の進む道を指し示す羅針盤になるのだ。 |
| ろくに悩むこともせず大人になると、 |
| 「右を向け」と言われると疑いもせず右を向く人間になる。 |
| なぜ右を向かなければならないのか、と疑問に思う感覚は、 |
| 君たち青年のころの思い悩みが育む。 |
| 間違う |
| 私見だが、相手との距離=間(ま)を取り違えることを |
| 「間違う」と言う。 |
| 真剣勝負で間を見誤ると、命はない。 |
| 間違わない唯一の策は、勝手な思い込みを排することである。 |
| よく確かめもせず、こんな人間だろうと思い込んで近づくと、 |
| ただの見誤りでは済まないことがある。 |
| 近づきすぎると相手の全体が見えないことで不要の接触が起こり、 |
| 離れすぎると有効な手が届かない。 |
| 近づき過ぎても、離れ過ぎても相手は見えないもの・・・ |
| 平素から正しい間をとる修行を怠ると、思いがけない”間違い”が起こる。 |
| 使い切る |
| 「いのちを使い切れ」・・・・かの幕末の思想家吉田松陰の残した言葉である。 |
| いのちを使い切るためには”志(こころざし)”がなくてはならない、とも言う。 |
| そんな高尚な生き方には届かなくても、 |
| いのちを使い切ることはできそうだ。 |
| 残された時間の中で、何か一つ決断し、それを実行することである。 |
| 何かを始めるも良し、何かを終わらせるも良し、 |
| やってみたいがおそらく無理だろうと思っていたことに挑戦する・・・・・ |
| いのちを使い切れ・・・ |
| 齢とともに胆に銘じたい言葉になっていく。 |
| 関係 |
| 手をつないで歩く二人、 |
| 腕を組んで歩く二人、 |
| 肩を組んで歩く二人・・・・・・ |
| どれも親しい関係だと察しがつく。 |
| だが、 |
| 組む部位が上部にいくにつれて、 |
| 二人の関係にごまかしが生じやすい。 |
| ぎこちなくそっと手をつなぐ関係が、もっとも純粋なのかも知れない。 |
| 大人同士であれ、子どもと大人であれ、 |
| 手をつなぐ景色の何とほほえましく、温かいものであることか・・・・・ |
| 大きなもの |
| 腰を下ろしてだまって眺める風景にふさわしいのは次の二つである。 |
| 一つは山、そしてもう一つは海・・・・・ |
| それらはあまりにも大きく、とても一瞥(いちべつ)では収まりきらない。 |
| 昔を振り返るもよし、行く末を思案するもよし、 |
| 何よりも、何も考えずただボーッと眺めるのもいいものだ。 |
| この二つには必ず”空”も付属しているはずだ。 |
| それらの大きなものに、自分が小さな存在であることを教えてもらったら、 |
| 静かに立ち上がって歩き出す・・・・・・ |
| とてつもなく大きなものが、 |
| もう少しがんばってみろと、必ず背中を押してくれる。 |
| 夫婦 |
| 相思相愛で結ばれた夫婦がいる。 |
| どちらか一方の強い押しで結ばれた夫婦がいる。 |
| いわば成り行きで結ばれた夫婦もいる。 |
| どんな事情で結ばれようと、夫婦として過ごした時間の積み重ねのなかで、 |
| この人と出会ってよかった、と思える出来事が少しずつ増えていく・・・・・・ |
| もともと赤の他人の二人が一つ屋根の下で長い間暮らしているのは、 |
| 天文学的な確率でめぐり会ったのだということを確かめるのに |
| 時間がかかるからである。 |
| 大事なこと |
| ため息をつかずに暮らすためには、誰かや何かと比べないことです。 |
| 心穏やかに暮らすためには、他人の悪口を言わないことです。 |
| 仲よく暮らすためには、自分だけが正しいと思わないことです。 |
| 前向きに暮らすためには、過去をしっかり反省することです。 |
| 潤いのある暮らしをするためには、芸術や趣味に親しむことです。 |
| 満たされた暮らしをするためには、 |
| そんなことはわかっている、と言わないことです。 |
| 助言 |
| 安心したまえ。 |
| ・・・・・自分の悪いところは全部”個性”になるし、 |
| 人生で犯してきた間違いがすべてあなたの”魅力”になる。・・・・・ |
| そういうこともあるんだから。 |
| 一つ |
| 人はだれも、完璧に満たされた状況では息苦しくて生きていけない。 |
| 何か一つ、どうしても手に入らないものがなくては・・・・・ |
| 実力 |
| お世辞だとわかっていてもほめられると気分がいいのは、 |
| 自分には実力があるんだと自負している時です。 |
| 失敗して落ち込んでいる時ならきっと腹が立つことでしょう。 |
| 実力を自負するのは結構ですが、 |
| 他人の評価を期待するのはいただけません。 |
| 求められる場面で持ちうる力を存分に発揮すれば、 |
| 他人がどう言おうと自分で自分をほめてやりたくなります。 |
| 我ながらよくやった・・・・・ |
| それだけで十分ではありませんか。 |
| 弱気 |
| 周囲が強気で行こうと盛り上がっている時に、 |
| 一人弱気の案を持ち出すには勇気がいる。 |
| ここは強気ではだめだという根拠をいくら並べても、 |
| おそらく無視されるか、ただちに否定されるだろう。 |
| しかし、 |
| 弱気になるために必要だった強さはまちがいなく君のものになる。 |
| 教える |
| 教える、という行為の奥には、ほんのわずかでも”優越感”が潜んでいる。 |
| それを克服する方法はただ一つ、 |
| 学ぶ喜びを共有することだ。 |
| わかった、できたという”うれしさ”を自分もいっしょになって感じることだ。 |
| それができない者が教えると、 |
| 教えたつもりが、ただの押し付けになる。 |
| 贈り物 |
| 一人で生きると決めた君へ贈る・・・・・・ |
| この孤独は誰にも邪魔されたくない、と思った森の中のひとりの午後・・・・ |
| そのひとときを支えてくれる いくつもの顔が浮かんだ。 |
| 今はここにいてほしくない。 |
| でも いつもそこにいて欲しい。 |
| 谷川俊太郎「孤独」 |
| 変える |
| 友好な関係を保ちたいと思うなら、 |
| 相手を変えようとしないことです。 |
| そのための発言や行動を慎むことです。 |
| 自分が逆の立場になったと考えてみればわかることでしょう。 |
| 強引に変われと迫る者は鬱陶しくてかないません。 |
| 互いにいまの人格や性格をありのままに認め、 |
| お前はお前、おれはおれ・・・・・・でいいのです。 |
| 人間関係 |
| 昨今、職場や学校、地域のなかで |
| 人間関係が希薄になってきている・・・ということは |
| 多くの人が感じているだろう。 |
| 濃密な人間関係は利点も多いが、反面煩わしさやトラブルを伴う。 |
| そんな厄介なものはお断りだという風潮が |
| かつては身の回りに潤沢にあった”思いやり”を追い払っている。 |
| 自分 |
| これが自分という人間なのだ、と実感できるのは、 |
| いくつかの選択肢がある中で、ある決断をしたときだ。 |
| しかも、その選択が通常妥当だと思われるものとちがうとき・・・・・ |
| これでいいんだ、と自分に言い聞かせながら、 |
| 新しい道を歩き出そうとするときだ。 |
| 「これでいいんだ」という決断の中に、 |
| もっとも君らしいものが見える。 |
| 会話 |
| かつて交わした、さりげない会話が強く心に残る人がいる。 |
| その人を想うとき、 |
| 追憶の窓を開くと、いつもまっ先にその会話が浮かんでくる・・・・・・ |
| 人生、数えきれない人間と出会っても、 |
| そんな人はほんのわずか。 |
| ほんとうにいい人にめぐり会えたのだ。 |
| 友へ |
| いつか酒でも酌み交わしながら、積もる話ができたらいいな。 |
| 共に過ぎた昔の話ができる友なんて、そういるもんじゃない。 |
| 過ぎた時間より残された時間の方が少なくなって、 |
| 人はようやくそのことに気付くのだろうね。 |
| ほんとうにありがとう。 |
| 君のおかげで、いい人生だったと言える材料が一つできたと思っている。 |
| 再会できる日まで、ともに達者でいようじゃないか。 |
| 夢 |
| 「飲むだけでやせる」と宣伝する薬やサプリメントがある。 |
| ダイエットを考えている人の心をくすぐるうたい文句だが、 |
| もしもそんなものが発明されたらノーベル賞モノだろう。 |
| 一番むずかしい”夢”を、一番簡単な方法で叶えようとしてはならない。 |
| ”夢”は努力して、苦労して過程を味わいながら「たどりつく」ものだ。 |
| 愚直 |
| 愚直であることの本質はひたすらまっすぐであるということ。 |
| 曲がってしまった人間には、 |
| それがまぶしくてしかたがない。 |
| 自分が曲がっているがゆえに見えるまっすぐの爽やかさ、強さ・・・・・・ |
| 自分が曲がっていることさえ気づかないたわけ者が、 |
| 愚直は愚か者だと決めつける。 |
| 反省 |
| 猛暑日があたりまえのように現れ、40度近くまで気温が上がり、 |
| 記録的な台風がいくつも列島を襲い、 |
| 竜巻が発生し、季節外れの雹(ひょう)が降る・・・・・ |
| 梅雨なのに雨が降らず、降れば一気に洪水となるような大雨になる・・・・ |
| 何かおかしい、と多くの人間たちが感じ始めている。 |
| もっと極端な、もっと激しい現象を見せないと |
| お前たちは反省しないのか、と言われている気がする。 |
| 答え |
| 人間はなぜ生涯の三分の一を睡眠というかたちで過ごすのか・・・・ |
| 独断だが最近になって、ようやく答えらしきものに思い至っている。 |
| 生物学的な答えではない。 |
| 「眠りにつく」という行為をそれほど繰り返して練習しておかねば |
| 到底受け入れられない事態がいずれ誰にもやってくる、ということ。 |
| 不眠症を避けねばならないのは、 |
| 練習不足に陥らないようにするためだと・・・・・・ |
| 難局 |
| まあ、何とかなるさ、くよくよ考えても仕方がない。 |
| そう思えたらどんなにか楽だろう・・・・・・ |
| そうだね、そう思いながら悩むことは誰にでもあるものだ。 |
| だけどね、 |
| そう思いながら乗り越えてきた数々の難局が、 |
| 苦い思い出ではあるだろうが、今は君の中で誇りとなって輝いてはいないか。 |
| あの難局を乗り切った、乗り越えたのは、 |
| 他の誰でもない、君だったんだよ。 |
| それも君が、君自身の力で・・・・・ね。 |
| 健全に |
| 若者が老人にあこがれることはまずないだろう。 |
| しかし、老人が若者にあこがれることはある。 |
| 手にしているもの、かつて手にしていたが今はないもの、の違いによる。 |
| 不老不死の妙薬などないのだから、 |
| 「ないものねだり」をするよりは、 |
| 「あるもの探し」をするほうがよほど賢明だと悟って |
| 多くの年寄りは健全に生きている。 |
| 無駄遣い |
| ここで踏ん張らないと後がない・・・という場面に遭遇したら、 |
| おそらくありったけの力を出して立ち向かうだろう。 |
| 長く生きていると、そんなことは何回も経験する。 |
| どこからあれだけの力が出たのだろうと、あとで思うと不思議でしかたがない。 |
| 答えは簡単だ。 |
| 誠実に生きる中でコツコツと蓄えた力を無駄遣いしてこなかったからである。 |
| 存在 |
| 子どものころ、近所のおじさんやおばさんがとても近い存在だった。 |
| いつも声をかけてくれ、面倒を見てくれ、キャッチボールの相手をしてくれ、 |
| ときにはおやつを分けてくれ、そして叱られることもあった・・・・・ |
| みんな一様に貧しかったから、 |
| 他所の子と競うことも、比べることも必要のない時代だったのだろう。 |
| 暮らしが豊かになるにつれて、となりの豊かさが気になり始めると、 |
| いつの間にか近所のおじさんやおばさんたちも遠くなっていった。 |
| 情 |
| 友情も、愛情も不変のものだと信じたい。 |
| しかし、いずれも「情」なのである。 |
| 「情」はこころの在り様なので、変わることもあるだろう。 |
| だから人は、 |
| 変わらないようにと、懸命に守り、支えようとする・・・・・ |
| 友情や愛情が、人の持つ感情の中で最も美しいのは、 |
| その努力の中に生じる、混じり気のない思いやりの気持ち、 |
| それを絶やすまいとするからである。 |
| 優越感 |
| 人はなぜ優越感を持つのか、言い換えれば人はなぜ劣等感を抱くのか、 |
| 劣等感はみじめで、優越感が心地よいのはなぜか・・・・ |
| 思うに、野生の群れの中では、 |
| 序列で優位に立つほど生存率や子孫を残す率が高くなることからみても、 |
| 他の者より優位に立とうとすることは一種の本能的な行為であるにちがいない。 |
| 生存を賭けた争いや戦いをしなくてもよくなった今も、 |
| その遺伝子だけは受け継がれている・・・・・という気がする。 |
| 自分の方が優れている、と優位を誇示したくなったら、 |
| 今自分は野生の動物のレベルにいる、と思うことだ。 |
| そんな優越感をどう使うかは、これは人間の問題である。 |
| 自己肯定 |
| 自分は特別な人間なんかじゃない、 |
| 市井に生きるごく平凡な人間だ。 |
| しかし、 |
| 誰かの心の中では特別な人間になっているのかも知れない・・・・・ |
| そう思って生きることが |
| 平凡な人間にもできる唯一の自己肯定策ではないでしょうか。 |
| 日本語 |
| 君、あなた、おまえ、貴兄、おぬし、貴様、てめぇ、あんた、貴殿、おまえさん・・・・・ |
| こんなにも多様な呼称を私たちは間違えることなく相手によって使い分けている。 |
| それらを表す英語はただ一つ、「You」・・・・・ |
| もっと日本語を誇りにしてもいいと思うのだが。 |
| 記憶 |
| 通常なら覚えているはずもない幼少の頃の記憶があるとしたら、 |
| それにはきっと何かわけがある。 |
| 忘れてはいけないわけがある。 |
| なぜあの記憶だけが今でも残っているのだろう、と |
| 考えてみなくてはならない。 |
| もしかすると、 |
| その中にもっとも自分らしい何かが埋め込まれているのかも知れない。 |
| 備え |
| だれとも出会わない、だれとも別れない人生などありえない。 |
| 言い換えれば、人の営みはだれかと出会い、だれかと別れるものである。 |
| 次の出会いと別れまでの間には谷間があり、 |
| 平凡だと思われる日々は、それを埋めるためのもの・・・・ |
| しっかり埋めておかないと次の機会にめぐり会った時に、 |
| 足をとられてオロオロするはめになる。 |
| 日々を備えとし、よく生きることを怠るな。 |
| 結ばれる |
| ・・・いつか愛する人ができたら きっと二人でおとずれるだろう・・・・ |
| 往年のヒット曲「白いサンゴ礁」の一節である。 |
| 人が人を好きになり、結ばれるということは、 |
| この世で人が成し得るもっとも美しいできごとだと思っている。 |
| 平和であるということは、 |
| それを否定したり、阻害したりすることが誰にも許されない世の中であるということ・・・・ |
| 平和の危機が叫ばれる今、帰省して無邪気に騒ぐ孫たちを見ながら、 |
| いずれ彼らにもすてきな出会いがあるように、と祈らずにはいられない。 |
| お盆 |
| 「お盆」とは実にすぐれた風習です。 |
| 先祖や亡くなった人たちを偲び、再会する仕組みが、 |
| 国民的に受け入れられ、守られているのですから。 |
| 暑い中混雑や渋滞を覚悟で帰省するのは、 |
| 体や心のどこかに「盆帰り」をするタマシイと同じ行動を促す力が働いているからで、 |
| 宗教とは無縁の人たちも、その力の影響を受けています。 |
| お盆とは |
| 多くの日本人が自分のルーツを確かめるために動き回る行事だと思えてなりません。 |
| 感謝 |
| 履き物をはくときには、 |
| みんな一様に頭を下げるじゃろう。 |
| 足元を見るためだと思いがちだが、そうではない。 |
| あれは、 |
| 自分の全体重を支え、足を汚れやケガから守ってくれ、汚れ役に徹する履き物に |
| 感謝の礼を尽くしているんじゃ。 |
| だれもそうだとは気づかずにやっとるんじゃがな・・・・ |
| 大切に |
| これまでの人生の大半をともにしてきたものは、 |
| 粗末に扱わなければ、 |
| 一番苦しいときに何も言わずそっと自分によりそってくれる。 |
| ほめる |
| ほめられることで生じる効果は疑いようがありません。 |
| やる気の源になることもあるでしょう。 |
| 努力やがんばりを正当に評価して、 |
| ほめるに値するときにはうんとほめればいいのです。 |
| ただ一つ、 |
| できれば、他のだれも気付かない努力を見つけてほめることですね。 |
| そこまで自分のことを見てくれていたのか・・・という驚きこそが、 |
| ほめるということの最も大きな効果です。 |
| 勝敗 |
| 勝ち負けをあらそう勝負事・・・・ |
| スポーツであれ、ゲームであれ、格闘技であれ、 |
| 勝敗は審判や第三者や計測機械が決める。 |
| ただ一つ、 |
| 対戦相手に「負けました」と自分の声を出して伝えるものがある。 |
| 負けたことを潔く自分の口で伝えなければならないのは、なんともつらい。 |
| つらいが、これほど明確な勝敗の決め方はない。 |
| 負けは負け、と自分に言い聞かせ、次に生かす・・・・・・ |
| 「将棋」の約束に学べることがある。 |
| チャンス |
| どうしてこの世には男と女しかいないのかって? |
| そりゃぁ、それ以外は必要がないからだろう。 |
| 男でも女でもない別の人間がもしいたら、きっとややこしくて、大変だ。 |
| 世界中の男女の比率がほぼ同数というのはどういうわけかって? |
| そりゃぁ、君にもちゃんと異性とめぐり会えるチャンスがあるということだ。 |
| せっかく舞台をつくってもらっているのだから、 |
| チャンスをむだにしちゃいけないね。 |
| 論法 |
| 論法には、大別して次の二通りがある。 |
| 結論を先に示し、その例を挙げていく「演繹法(えんえきほう)」と、 |
| 例を先に挙げ、結論を最後に示す「帰納法」である。 |
| 話をしたり、文章を書いたりするときに、 |
| この両者の違いを知っておくことは大いに役に立つ。 |
| すなわち、 |
| <結論=一番言いたいこと>を始めに出すか、最後に出すか・・・・・・ |
| それを意識するだけで、ずいぶんすっきりした話や文章ができる。 |
| 「お」 |
| 物わかりのいい「お利口さん」にはならないでください。 |
| 利口であるのはうれしいが、 |
| 「お」をつけてもらうほど落ちぶれてはいない、と啖呵のきれる人であってください。 |
| 誰かにとって都合のいい人間にはなりたくありませんね。 |
| 「お」は慎んで返上します。 |
| 別れ |
| 我が子を”やさしい人間”に育てたいと願うなら、 |
| できるだけ多く別れの場面に立ち会わせることだ。 |
| そして、わけもなくこみ上げてくる熱いものが |
| 別れの正体であることを体験させることだ。 |
| 一つでも多く・・・・・ |
| 弁当 |
| 手づくりの弁当を作る人、食べる人がいる。 |
| 作る人は食べる人を、食べる人は作ってくれた人を想い、 |
| 一言の言葉も必要のない、究極の心の交流が濃密に演出できる、小さな舞台である。 |
| ふたを開けた瞬間から温もりの交流が始まる。 |
| コンビニやスーパーの弁当には決して真似のできないこの温もりを、 |
| きょうも味わう人たちがいる。 |
| 権威 |
| 結束力のあるチームをつくりたければ、 |
| その中に”権威”を置かないことです。 |
| 権威はやる気や向上心を削ぎ、団結をはばむ最大の病根です・・・・・・・ |
| ホンダの創業者、本田宗一郎氏の言葉です。 |
| 経験と知識 |
| 貝堀りや磯釣りに勤しんだおかげで、 |
| 魚介類の名前ならほとんどわかるのに、 |
| 山里に来て、山菜の名前は未だに一向に覚えられない。 |
| 知識が増えるのは、それを必要とする体験や暮らしがあるからだと思い知らされる。 |
| 基礎知識は机上で学べるが、生きた知識となるためには |
| 生活や経験の中に組み込まなければだめなのである。 |
| いくら立派なジャッキと工具を揃えて自慢しても、 |
| 一度もタイヤを交換したことのない者には無用の長物である。 |
| 視野 |
| 齢とともに視野に入ってくるものが変わる。 |
| と同時に、視野から消えていくものがある。 |
| 見なくてはならないもの、見なくてもよいものが変わっていくからだ。 |
| 人はその年齢を生きるために、 |
| 見なくてはならないものだけが見える。 |
| 秘訣 |
| 関係を長続きさせる秘訣は、 |
| 相手が心変わりをするかもしれないと考えないことである。 |
| 感涙 |
| こみあげてくる熱い思いに涙があふれて・・・・・・ |
| いいもんだ。 |
| 何十年生きたって、そんなことはそうたびたびあるもんじゃない。 |
| 涙はこころの贅肉(ぜいにく)や錆びをそぎ落としてくれる。 |
| そんな経験を一つずつ積み重ねて、 |
| 人は、”いい人生だった”と言える準備をしているのかも知れない。 |
| 言葉 |
| 動的平衡・・・・・ |
| 聞きなれない言葉ですが、、 |
| すべてのものは動きながらバランスを保っていく、という意味だそうです。 |
| 悲しいこともうれしいこともいつまでもそのままではなく、 |
| やがて動きながら変わっていくということでしょう。 |
| そういうものなのだと理解しておいて |
| 損のない言葉です。 |
| 回り道 |
| 回り道をしてきた人間には、 |
| 直線的に一気に走ってきた人間にはないものが身についている。 |
| 立身出世の役には立たないが、 |
| ヒトを見る目やものごとの裏表を見る目だけは確かになる。 |
| 人生、一度も回り道をしてこなかった人間なんて、 |
| 気味が悪くてとてもつき合えるもんじゃない。 |
| 望んだ道とはちがう回り道だからといって、くさることはないさ。 |
| 記憶 |
| 好意をもった人がいつも自分に好意をもってくれるとは限らない。 |
| それはせつなく、つらいことだ。 |
| 自分には魅力がないのだと落ち込むこともあるだろう。 |
| しかし、そんな体験が時間とともに妙に愛おしいものになっていく。 |
| もし出会わなければ、永遠に自分史の中には登場しない人であった・・・・ |
| 結果は思い通りにいかなくても、 |
| 深く心に刻まれる記憶というものがある。 |
| 保護色 |
| 人間も「保護色」を持つことがあるとご存じですか。 |
| 外敵から身を守るために周囲に同調して自分を目立たなくする術です。 |
| 口は災いの元、出る釘は打たれる、さわらぬ神にたたりなし、波風を立てない・・・・・ |
| これこそが人間の「保護色」です。 |
| こんな保護色を持たない人間は当然目立ってしまい、 |
| 外敵の脅威に晒されますが、 |
| それに代わる術を身につけ、立派に生き延びています。 |
| 先輩 |
| 若い日、学生寮の同室者に物理専攻の先輩がいました。 |
| まるで畑違いの私に、毎晩物理のいろいろな法則や事実をわかりやすく話してくれました。 |
| 初めて”アインシュタインの相対性理論”を教えてくれたのもこの先輩でした。 |
| 宇宙は今も膨張をしている、この宇宙に光よりも速いものはない・・・など |
| まるで幼い子どもが目を輝かせておとぎ話を聞くように、私は聞き入ったものです。 |
| 今日はこんなことを聞いてみよう、と毎日先輩が帰ってくるのを楽しみに待ち構える日々でした。 |
| どんな質問をしてもイヤな顔をせずていねいに教えてくれて、 |
| 物静かなこの先輩に尊敬の念を抱くようになったのです。 |
| 夜遅くまで難しい本を開いて勉強している先輩に悪いと思って、 |
| それまで室内で遠慮もなく吸っていたタバコをやめる決心をして伝えました。 |
| それから何日かたったある日、 |
| 先輩がタバコを5,6箱持って帰ってきました。 |
| 「君、頼むからタバコを吸ってくれないか。」 |
| 「えっ?どうしてですか?」 |
| 「タバコをやめると言った日からベッドで君の歯ぎしりがひどくなって眠れないんだ」・・・・・・ |
| というわけで、先輩のために禁煙は中止となりました。 |
| 卒業後、郷里の高校の先生になったと聞いたその先輩、 |
| きっと生徒たちに私が胸躍らせたあの話をしてやったことでしょう。 |
| 先輩、お元気でお過ごしでしょうか。 |
| できの悪い後輩だったにもかかわらず、親切にしてもらったことは今でも忘れられません。 |
| 相変わらず物理の方はさっぱりですが、 |
| 宇宙の謎や物理学の面白さやすばらしさは、今もしっかりと胸に刻まれています。 |
| ともに |
| 数えれば何十人もいる知人や友人の中で、 |
| まっ先に顔と名前が浮かぶ人を十人挙げてごらんなさい。 |
| 身近な家族とはちがった世界で、 |
| 生涯あなたとともに歩んでくれる人たちです。 |
| それだけのこと |
| 雑用に近い仕事をすることもある。 |
| しかし、 |
| 自分のことを見下したりせず、いつも対等に接してくれた人がいた・・・・ |
| たったそれだけのことなのに、 |
| これからもがんばれそうな気がした。 |
| 今昔 |
| 一昔まえは、トイレで叱られた。 |
| 「もう一歩前へ」「汚すな」と書かれたカードに・・・・ |
| 今は、使う前からほめられる。 |
| 「いつもきれいに使っていただいてありがとうございます」・・・・・ |
| 初めて使うトイレなのに、 |
| 何だか変な感じ・・・・ |
| 近くに |
| いつも遠くから見守ってくれている・・・・ |
| そう思える人がいちばん君の近くにいる。 |
| 迷い |
| 腹をすかせた羊の前に、二つの乾草の山がある。 |
| すぐにでも食べたいが、なぜか羊は食べることができなかった・・・・ |
| わけは、二つの乾草が羊からまったくの等距離にあり、 |
| 形状、におい、色などがまったく同じであったため、 |
| どちらの乾草に行くかを決められなかったからだ。 |
| ”そんなバカなことはない”と思うなかれ。 |
| 電車の真ん中に立って、両側の席が一つずつ空いたとき、 |
| 迷っているうちにだれかが先に座ってしまった、ということはないか。 |
| 決断したいのに迷うのは、 |
| 二つの選択肢に等価値があると思うからだ。 |
| 迷ったら、片目をつぶるしかない。 |
| 生い立ち |
| 生い立ちや成育歴というものは、 |
| 自分ではどうすることもできません。 |
| 否定的にみれば、腹も立ち、情けなくもなるでしょう。 |
| 受け入れて、なおかつ、わが身の処遇をそれのせいにはしない、と腹を決めれば、 |
| 生い立ちは、むしろ背中を押してくれる心強い味方になることがあります。 |
| 今在る自分にしてくれたのは、 |
| 自分ではどうすることもできなかった”生い立ち”であることは、 |
| 間違いありません。 |
| 境界 |
| 「おじさん」と「おじいさん」の境界はどこにあるんだろうね。 |
| 少なくとも年齢じゃないと思うんだが・・・・・ |
| 孫ではない幼児に自分のことを何と言うか、 |
| どちらを使うかを考えるとわかりやすい。 |
| 「おじさん」と言うことに照れくささを感じ始めると、もう「おじいさん」だろう。 |
| 要するに、境界は自分で決めるということだな。 |
| ちなみに、これは |
| どうも女性にはあてはまらないようだ。 |
| いくつになっても、おばさんで通そうとする人が多い。 |
| 代打 |
| ”ピンチヒッター”はピンチの時に登場するものだ。 |
| 彼には |
| だれにもわからない大きな責任と重圧が肩にかかる。 |
| 無事に役目を果たしても、さほど大きな賞賛の声はないだろう。 |
| ひとかどの人物とは、 |
| 仕事でも人生でも、頼まれれば |
| 「代打」がこなせる者を言う。 |
| 仕事 |
| 弱い立場、低い地位であるがゆえに言いたいことを我慢している・・・・・ |
| 身近なところにもそういう人がいる、と見えない人間が、 |
| さも当然のように無理難題を押しつける。 |
| それがお前の仕事だろう、という理由をつけて・・・・・ |
| 帰る |
| 疲れたら何も言わずに帰っておいで。 |
| しんどくなったら、遠慮せずに帰っておいで。 |
| 帰る所なんてない、などと意地をはらずに帰っておいで。 |
| そして、傷が癒えるまでゆっくりおやすみ。・・・・・・・ |
| そう言ってくれる場所が、君にはあるんじゃないのか。 |
| あこがれ |
| 泥水の中にいるから清流にあこがれる。 |
| 満身創痍の身だから健康体にあこがれる。 |
| 醜いものをイヤというほど見てきたから、純粋なものにあこがれる・・・・ |
| あこがれる気持ちは、 |
| いつもそれと対極の状況の中で、おぼれそうになったときに |
| 湧いてくるもの・・・・・ |
| おぼれてもいないときに見るあこがれには |
| 残念だが”霞(かすみ)”がかかっている。 |
| 武器 |
| 手ごわい老いに立ち向かうには |
| どうしても”武器”が必要です。 |
| 武器も持たずに素手で戦える相手ではありません。 |
| 一つの言葉、一篇の詩、一冊の本、尊敬、敬愛する誰かの生き方、見つけた目標・・・・・ |
| 一つでもそんな”武器”を手にすれば、 |
| たとえ勝てなくても、存分に立ち向かって互角には渡り合える相手です。 |
| ぜひ武器を探してお持ちなさい。 |
| 心地よく |
| 美しく、というのは少々無理ですが、 |
| できれば心地よく齢を重ねていきたいものですね。 |
| そのために、 |
| やりたいことがあるのなら、少しでも早く実行に移すことです。 |
| 行ってみたいところがあるのなら、思い切って飛び出してみることです。 |
| うかうかしていると、 |
| やりたかったのに・・・行きたかったのに・・・という心残りだけが付きまとい、 |
| ため息とあきらめの日々を送らなければなりません。 |
| やりたいのにできない、行きたいのに行けないのは、 |
| 多くの場合、自分でその理由をつくって言い訳をしています。 |
| 主流 |
| 本流と支流がある。 |
| 本流にはたいてい名前があるが、小さな支流には無いこともある。 |
| 自分はいまどちらを流れているのか、考えてみとよい。 |
| また、どちらを流れたいと思っているのかも考えてみるとよい。 |
| 行き着く先は、共に海だと決まっていても、 |
| その役目や用途には大きなちがいがある。 |
| 支流がなくては、本流は干からびてしまう。 |
| 本流がなくては、支流は行き場所がない。 |
| 自己防衛本能 |
| しばらく見ていればその人間がどんな人物なのか、およその見当はつく。 |
| 好ましい人物か、そうでない人物かの判断は、 |
| 一種の”自己防衛本能”である。 |
| だから判断を誤ると、傷つく。 |
| 自分を守るための秘密の判断なのに、 |
| それをペラペラと他人にしゃべるから、 |
| 防衛機能が失われ、全くの無防備になってしまう。 |
| 他人の悪口を言う人間が信用されない所以(ゆえん)である。 |
| 仕事 |
| あなたのやっている仕事、やってきた仕事は、 |
| 人の役に立つ仕事ですか。 |
| だれかが喜んだり、助かったり、何かや誰かを育てたりする仕事ですか。 |
| そうなら、 |
| 何も言うことはないじゃありませんか。 |
| 仕事とは、そういうものだと思いますよ。 |
| 足跡 |
| あの時には言えなかったが、今なら言える・・・ということならいくらでもある。 |
| そう言えるまで、齢を重ねてきたということだ。 |
| 今でもおそらく言えないだろう・・・ということもある。 |
| 言えなかったあの時の状況がよほど記憶に残っているのだろう。 |
| いずれにせよ、 |
| 言いたかったのに言えなかった、というのは、 |
| 自分史の中では鮮明な足跡になる。 |
| 鉄は熱いうちに打て |
| 過ぎてみるとよくわかるのだ。 |
| 青春とよばれる時間は、怒涛のごとくあっという間に駆けぬけていく。 |
| 短い時間の中で、それ以後の時間には決して表れないほどの、 |
| おびただしい出来事が次々に起こるのでそう感じるのかも知れない。 |
| おそらく今もし、あの頃と同じくらいのできごとが一度に身辺に起きたら、 |
| とても身が持たないだろう。 |
| 「鉄は熱いうちに打て」と諭した古の人にも、 |
| きっとそんな思いがあったのだろう。 |
| 冷めた鉄を打てば、ヒビが入り、折れてしまう。 |
| 仕事 |
| どんなに誠実に一生懸命やっても、 |
| ほめてはもらえない・・・・ |
| そうだね・・・そういう仕事もあるだろう。 |
| だけど、口に出さないだけできっと誰かが見てくれている。 |
| 誠実な仕事ぶりを直接評価するしくみがないだけで、 |
| 見る人は必ず見ているものだ。 |
| ありがとう・・・ごくろうさま・・・お疲れさまでした・・・・ |
| 社交辞令だと思うかも知れないが、 |
| さりげないそんな言葉で労をねぎらってくれているんだと思うよ。 |
| いのち |
| お湯を入れる前の浴槽に落ちて、はい上がれない小さな虫がいた。 |
| もう二度とこんなところに来るんじゃないぞ、と言いながら |
| そっと窓から外に逃がしてやる・・・・・ |
| お湯を入れれば間違いなく失われる小さないのちを一つ、助けてやった。 |
| たかが虫なのにどうしてそんなことをするのか、と問われても困ってしまう。 |
| いのちが見えた、としか言いようがない。 |
| 悟る |
| 若い者には決して真似のできない特技が年寄りにはある。 |
| それは、 |
| 思い出だけで生きていけるということ・・・・ |
| 一枚の写真、一つの記憶、一つの忘れ得ぬ思い出、 |
| それを何度も何度も反芻し、心の糧に変えて生きていけるのだ。 |
| それでは淋しすぎる、と若い者は言うだろう。 |
| そうではない。 |
| たった一つの思い出でも、それで心が満たされ、温められれば、 |
| どんな環境であろうと生きていけると悟るのだ。 |
| 願 |
| 君が生きる時代を、おじさんたちは見られないかもしれない。 |
| だが、 |
| みんなが安心して暮らせる時代であってほしいと願っている。 |
| 時代を作るのは、時の政府や国家などではなく、 |
| 君や君の友だちだ。 |
| 君たちがどう生きたいかを見失うことなく、 |
| おじさんたちの作った時代を材料に勉強してくれれば、 |
| これほどうれしいことはない。 |
| 完敗 |
| この人には勝てない・・・というのは理屈ではなく、直感である。 |
| 直感だが、ほぼ間違うことはない。 |
| 自分にはない才能をその人の中に見てしまうことによる。 |
| 対抗心を燃やして頑張ってみるが、所詮、追いつけるはずもない。 |
| しかし、 |
| ただ負けた、ではなく「完敗だ」と思えるなら、恵まれていると考えなさい。 |
| その気になれば、 |
| 嫉妬したり、恨んだりせず、純粋に彼と友達になれるだろうだから・・・・ |
| 思い出 |
| 多感な少年、少女時代にあこがれた人も、結ばれなかった初恋の人も、 |
| 今はいいおばあちゃんやおじいちゃんになっている。 |
| 想像もできないが、まちがいない。 |
| 思い出は、主(あるじ)と並行して齢をとることを許さない。 |
| 分身 |
| 子どものころを思い出すと、決まってまっ先に浮かんでくる景色や人物があるだろう。 |
| 今はどうなっているんだろう、変わらずにいるのだろうか、とまず思ってしまう。 |
| なつかしいという感覚はその次にやってくる。 |
| 心に刻まれる風景や人物は、いわば自分の「分身」である。 |
| そこには今も自分の一部が生きているからだ。 |
| もうあのころのままではないだろう、という予測が立つと、 |
| かわりに「なつかしい」という気持ちが生まれてくる。 |
| 曲がり角 |
| おれはダメなやつだ、とおのれを責めながら歩く道は、 |
| たいてい、曲がり角の多い街の雑踏の中である。 |
| 大勢の見知らぬ者たちが行き交う雑踏という背景がどうしても必要だからだ。 |
| 田んぼが広がる田舎の一本道がそれに向かないのは、 |
| 雑踏と曲がり角がないからである。 |
| ライフスタイル |
| 今日できることを明日に延ばさない・・・・ |
| 明日できることなら今日はしない・・・・ |
| どちらも人間の、最も基底にある行動原理だが、 |
| さて、自分はどちらの比率が大きいだろう。 |
| 一度考えておいて損はない。 |
| ストレス |
| 「・・・・・しなければならない」という、一種の強迫観念がストレスの本質である。 |
| 毎朝目覚めれば、たちまち「しなければならない」ことが洪水のごとく押し寄せるだろう。 |
| 毎日のことなので、ことさら意識はしないだろうが、 |
| 人は自ら膨大な量のストレスを作りながら生きている。 |
| このストレスがもしもなくなったらどうなるのだろう、という答えは、 |
| 残念だが、仕事や子育ての最中では見つからない。 |
| いずれわかる日は来る。 |
| 好きになる |
| 好きになる、というのは、 |
| いつもいっしょにいたいという極めてシンプルな気持ちです。 |
| それではあまりに露骨なので、 |
| 人はいろいろと理屈をつけたり、美化したりしようとするのです。 |
| いっしょにいたい・・・・ |
| これほど明快で、深く強い心情は他にありません。 |
| だれかを好きになった時を思い起こせば、 |
| うなづける話です。 |
| 使えない |
| スマホ、タブレット、アプリ・・・・? |
| 残念ながら全く使えません。 |
| 携帯電話は電話をかける道具だと思っているので、 |
| それでメールの送受信ができるだけでも驚愕のできごとなのです。 |
| その気になって勉強すれば使いこなせるのでしょうが、 |
| 必要性をまったく感じないのです。 |
| 時代の流れにまちがいなく乗り遅れているのでしょうね。 |
| でも、 |
| 不安も焦りもありません。 |
| イノベーション(技術革新)は、いつも年寄りを横目で見ながら進んでいくものですから・・・・ |
| まとめ |
| 自分の人生にはいつも〇〇があった・・・・・ |
| 忙しい時には考えることもないこの〇〇、 |
| その正体が探せるようになるのは我々の年齢になってからだ。 |
| 漠然としていても何かある、という確信が日ごとに高まっていく。 |
| あれかも知れない、いやこれかも知れないと考えながら、 |
| ”まとめ”が少しずつ進んでいく。 |
| 難解な問題だが、 |
| 答えは自分しか知らない。 |
| 夢 |
| 時間は切れることなく連続しているのに、 |
| カレンダーを作り、「今日」や「明日」、「来年」などと区切り、年齢を数えるのは、 |
| 要するに人間が「夢」を持つ生き物だからである。 |
| 夢を持つには、目標となる時がなくてはならない・・・・ |
| 夢があるから「明日」や「来年」が必要になるということだ。 |
| 犬や猫は自分の年齢など知らないし、明日や来年を夢見ることもない。 |
| 残すもの |
| あなたが、残してきたもの、残そうとしているものは何でしょう。 |
| 日々それを自分に問う暮らしをしていれば、 |
| 退屈な人生などありません。 |
| 甘える |
| 甘えている・・・・そう言われたのですね。 |
| なあに、心配いりません。 |
| それは、甘えたくてもその相手がいない者たちの、 |
| 嫉妬から出た言葉かも知れません。 |
| むろん、時と場合を間違えてはいけませんが、 |
| 人生の幸せの半分は、誰かや何かに甘えることなのです。 |
| 師 |
| どんなにすごい技を持っている人も、 |
| それが発揮できる場を与えられなければ、ただの人である。 |
| だが、技を極めつつある人が放つ凄みだけは消えない。 |
| 「師」と呼べるのはそんな人である。 |
| ただの人に見えても、その凄みを感じ取れる者だけが近寄っていく。 |
| 味 |
| 満たされて幸せであったはずの時間や期間は、どういうわけかすぐに忘れていく。 |
| 記憶に残るのは、その反対の日々・・・・・ |
| 幸せなのに忘れやすいのは、 |
| そのおいしさを十分に味わい尽くしたからで、 |
| 消化不良を起こした味だけが記憶に残ってしまう。 |
| たとえ忘れても |
| 味わい尽くした幸せは、ちゃんと心の栄養となって支えてくれているので、 |
| 安心してよい。 |
| 草取り |
| この時期、一雨ごとに草が生い茂り、 |
| 庭や畑の草取りが大変である。 |
| 大変なのは量が多いからでなく、 |
| 「草の執念」を抜こうとしているからである。 |
| 姿 |
| 勇壮なラッパを吹く者は、 |
| 矢玉が飛び交い始めると、真っ先に姿が見えなくなる。 |
| 矢面(やおもて)に立たされる者たちは、 |
| 戦いの最中、その姿を見ることはない。 |
| 幸せ |
| この人しかいない、と思える人と結ばれた幸せは、 |
| この人だけではなかった、と思い始めたとたん、色あせていく。 |
| 君と |
| ・・・・・青春の真ん中で 君を愛して |
| 戻らない若い日を 君とともに生きる・・・・・ |
| (松山千春作詞「青春」より) |
| 齢を重ねていくごとに、この言葉の意味が重くなる。 |
| ”戻らない若い日”をともに生きてくれる人は |
| 君にもいるだろう。 |
| 大切にしなくちゃいけないね。 |
| 話 |
| 話をするのはいいもんだ。誰かと話せば気が楽になる・・・・・ |
| (黒沢明監督「七人の侍」より」) |
| なるほど、言われてみれば確かにそういうこともある。 |
| 誰かに話したからといって問題が解決するわけではない。 |
| それでも気が楽になるのは、 |
| 一人では背負いきれないものを背負っていたからだろう。 |
| 話すことでほんの少しだけ、荷物が軽くなったのだ。 |
| 話をするのは本当にいいもんだ。 |
| 腹が立つ |
| 対人関係で腹が立ったときの対処法。 |
| この野郎!・・・ではなく、さびしい奴だ・・・と思うこと。 |
| 腹が立つ原因のほとんどは、相手の生き方であり、 |
| それが具体的な言動になって表れる。 |
| そんな生き方しかできないさびしい奴だ、と思えば、 |
| 不思議に気持ちが落ち着き、 |
| いらぬ争いは起こりにくい。 |
| 気が重い |
| 何時間か、あるいは何日か後に「いやだなあ」と思うことが待っている・・・・ |
| 気が重い。 |
| それが逃げたり消し去ったりできないことならば、しかたがない。 |
| 覚悟してその時を待つだけだ。 |
| 「いやだなあ」と思うのは、 |
| それが片づけばすっきりして楽になる、とわかっている時である。 |
| ネジ |
| いったんゆるみ始めたネジは、力を加えて回さないかぎり、 |
| 再び固くしまることはない。 |
| ネジはそのようにできている。 |
| ものとものを圧着させるにはすぐれた部品だが、 |
| しっかりしまってこそ、その力を発揮する。 |
| からだのネジは医者に頼むしかないが、こころのネジは自分の仕事だ。 |
| それがゆるんでいるかどうかは、 |
| 最近、感動したこと、わくわくしたこと、血が騒ぐことを経験したかどうかでわかる。 |
| こころのネジがゆるむと、それらはゆるんだすき間から逃げていく。 |
| お金 |
| お金には、 |
| 縁を結ぶという意味と、災いや穢れを身代わりしてくれるという意味があるという。 |
| 子どもや孫に「お年玉」をやるのは前者の例、 |
| お寺や神社で「賽銭」を入れるのは後者の例・・・・ |
| なくてはならないお金だが、 |
| その意味を考えれば、あり余るほどあっても困るものなのである。 |
| ほどほどにあるのなら、 |
| それでよろしい。 |
| ちなみに、それらのお金の意味には、 |
| 金額の高低は関係ないということらしい。 |
| よって、 |
| 賽銭箱に千円入れたから、一円よりご利益がある、ということにはならないのである。 |
| 三つ |
| むずかしいことはどうでもいい。 |
| 人間として生きていくうえで、もっとも大切にしなければならないことは、 |
| 次の三つだけだ。 |
| ウソは言わない、約束をまもる、身の丈以上の欲を出さない・・・・・ |
| これらを全部否定した生き方を考えてみるとよい。 |
| とてもつき合える人間ではないだろう。 |
| たった三つだけなのだから、 |
| 努力すればだれだって守れる。 |
| 今日 |
| 小さな、ほんとうにささやかな喜びが一つ、今日ありました。 |
| ほんのりと温かいもので満たされて、 |
| やわらかい時間に包まれました。 |
| 今日はこれだけで十分です。 |
| 明日は明日・・・・です。 |
| 定め |
| 予想もしなかった事態に直面した時、 |
| 「しかたがない」と納得できる唯一の手段は、 |
| 「これも定めだ」と自分に言い聞かせることである。 |
| たしかにそれで腹はくくれる。 |
| 定めだと思うことで乗り切れた難局がふえるほど、 |
| 人として大きくなっていく。 |
| きれい |
| 人が”きれいだ”と感じる心はどうやって育つのか・・・・ |
| 子どものころに、親や周囲から「きれいだね」という言葉とともに |
| 教えられて育つものだと私は思っている。 |
| こういうものをきれいと言うんだよ、と教えられるから、 |
| 見たもの、触ったものを”きれいなものだ”と覚えていくのだろう。 |
| 情操教育だなどと改めて言わなくても、 |
| 親が一緒になって感動してやれば、 |
| 立派に子どもの心の中に”きれい”という言葉と感覚は生まれて育っていく。 |
| 木曽路 |
| 木曽路はすべて山の中である・・・・(島崎藤村「夜明け前」) |
| 「木曽漆器まつり」へ行ってみようと、その木曽路へ足を運んだ。 |
| 旧楢川村(現塩尻市)平沢・・・・ |
| 旧中山道の贄川宿(にえかわ)と奈良井宿の間に位置する漆器づくりの町である。 |
| 旧街道沿いに漆器の専門店がずらりと80軒ほど軒を連ね、店先に商品が並び、 |
| たくさんの人でにぎわっていた。 |
| 良質の木材とうるしを産出するこの地方では、 |
| 古くから漆器づくりが盛んで、全国へ広まったと聞く。 |
| 安い物は数百円から、高い物では何十万円もする漆器が所せましと並んでいる。 |
| 高価な物には手が出ないので、手ごろな値段のぐい飲みを求めた。 |
| もっぱら晩酌の酒を飲むための一品である。 |
| この黒光りのするケヤキのぐい飲みでいただく・・・・・ |
| ほんのり、木曽路の味がした。 |
| ホンモノ |
| どんなに高価で高級感があろうと、金メッキの装身具は、 |
| 派手な衣装や化粧と合わせないと |
| 目立たない。 |
| わき見をしないでホンモノになれ。 |
| こだわり |
| 他人は、なぜそんなことを・・・と言う。 |
| いいのだ。 |
| 他人にどう見られようと、捨てられないこだわりを持つがゆえの自分らしさ・・・・ |
| こだわりを捨てたときから、 |
| その他大勢”ただの人”である。 |
| チャンス |
| 平凡で変わり映えのしない毎日・・・・・・ |
| 自分の人生はこうしてこのまま終わっていくのだろうか、と思ってしまう。 |
| そして、 |
| 何かもっとちがった生き方があるのではないか、と心が騒ぎ始める。 |
| そう思いながらまた何年も経つと、 |
| これが自分の人生なのだと次第にあきらめていく・・・・・・ |
| 何かが変わるとすれば、 |
| 心が騒ぎ始めた時がチャンスなのである。 |
| 敏感に |
| 触れてほしくないことに触れられるとドキッとする。 |
| 個人情報の保護は、その一点を理由とする。 |
| 人とかかわる仕事をする者は、 |
| その一点に人一倍敏感でなくてはならない。 |
| 笑 |
| ”笑い”の本質を探ろうともしないで、 |
| 面白おかしいしぐさやギャグを連発して受けようとする・・・・・ |
| その場では受けるだろうが、やがて見放される。 |
| 人を笑わせたければ、人はどんなときになぜ笑うのか、 |
| ほんとうの”笑い”とは何かを |
| 冷静に、厳しく見つめる修行を怠ってはならないと思う。 |
| 風 |
| 「風」には、大気の流れを表す意味のほかにもう一つ、 |
| 「目に見えないもの」を象徴する意味がある。 |
| 風化・風景・風流・風味・風体・風格・風俗・風情・風習・風刺・風雅・・・・・・ |
| ふだん何気なく使う言葉だが、こんなにも多様にあるのは、 |
| 人間は、自然の「風」にも影響を受けるが、 |
| もう一つの「風」の方に、はるかに大きな影響を受けているという証左である。 |
| 負ける |
| 何かに打ちのめされて、失意の底に座り込む・・・・ |
| 挫折は誰にとっても大きな痛手だ。 |
| そうなる原因の一つが |
| 「負けた」という敗北感である。 |
| ・・・・・負けたんじゃない。卒業したんだ。・・・・・ |
| ドラマ「北の国から」より |
| 負けたのではなく卒業した・・・そう思えば、乗り越えられることもあると教えられた。 |
| つき合う |
| 人とつき合うのが下手という人は、 |
| かつて、人間関係で痛い目にあったか、人間同士の醜い場面を幾度も見て、 |
| その後遺症を引きずっている人であろう。 |
| だから、仕方なくつき合うことはあっても、気を遣ってひどく疲れる。 |
| 明るく、社交的な人をうらやましいと思うが、 |
| 自分にはとうていマネはできないと感じる人たちである。 |
| 相棒 |
| 小学校の六年間、僕の背中にはいつもランドセルがあった・・・はずだ。 |
| 今はもう手元にない。 |
| 毎日見ていたはずなのに、形や色や特徴も、もう覚えていない。 |
| 学校や家庭であった出来事をみんな見てくれて |
| 無二の”相棒”だったはずなのに・・・・・・ |
| それから背中に背負うものは、あの小さなランドセルには入りきれないほど |
| 大きく、重いものになっていった・・・・ |
| あのランドセルのように、 |
| 無二の”相棒”だったものを |
| 僕はいくつ捨ててきてしまったのだろう。 |
| 鏡 |
| 齢を重ねるということは、 |
| ”鏡”から次第に離れていくことだともいえる。 |
| 頻繁に鏡の中の自分を見ていた若いころ、 |
| 必要に応じて鏡を見るようになる壮年時代、 |
| 鏡の必要性をさほど感じなくなる老年時代、 |
| やがて鏡と縁を切る高齢時代・・・・・ |
| 鏡は、まさにわが身を映す。 |
| あなたの鏡は今どこにありますか? |
| まなざし |
| 疑う気持ちは、真っ先に目に表れます。 |
| 猜疑のまなざしほど醜くて怖いものはありません。 |
| 牛の目があんなにも澄んできれいなのは |
| 近寄ってくる人間が自分を食べようとする人間だなんて |
| そんな恐ろしい疑いを少しも持たないからです。 |
| 目の澄んだ人に惹かれます。 |
| 進歩 |
| 抜け出そうと決意することは、 |
| 留まろうと考えることよりむずかしい。 |
| ゆえに、 |
| 進歩の原動力になり得る。 |
| 進歩は、 |
| いつも抜け出すことから始まる。 |
| かべ |
| 何ごとにも前向きな人間は、 |
| かべにぶつかるとひどく落ち込む。 |
| 前に進みたいのに進めないからだ。 |
| かべにぶつかって落ち込んでいるなら、 |
| 「前向きに生きているんだ」と自分に言い聞かせなさい。 |
| 後ろ向きな人間は、 |
| かべにぶつかると、落ち込んだ”まね”をする。 |
| 食事 |
| 毎日の食事の献立を考える・・・ |
| 経験してみればわかるが、これは思った以上に大変なことだ。 |
| その苦労や苦心は、食べるだけの者にはなかなかわからない。 |
| 家族の好みや栄養、重複などを思案しながら毎日準備する者には、 |
| 最大限の敬意を払うべきである。 |
| 献立にケチをつけたり、文句を言ったりするなどもってのほか、 |
| そういう輩には、 |
| 買ってきた弁当でも食べさせておけばよい。 |
| 水 |
| 二つの川が合流する・・・・ |
| 一方は茶色くにごった水、もう一方は澄んだ清流、 |
| しばらくはそのまま流れるが、下流に行くにつれて、 |
| やがて混ざり合ってまた清流になる。 |
| にごった水を取り込むことができない人間は、 |
| 大河にはなれない。 |
| 温かい |
| 手にふれるものが温かく感じられるのは、 |
| 冷たい手だからです。 |
| 人の気持ちが温かく感じられるときは、 |
| 自分のこころが冷たくなっているときです。 |
| 潮時 |
| 思い通りにならない、くじけそうになる・・・・ |
| 方法やアプローチが間違っていないなら、 |
| 残った原因は、ただ一つ、 |
| ”タイミング”である。 |
| 今はまだそれが成就する時ではない、つまり潮時ではないということ。 |
| 一旦そこから離れて、やがてやってくる潮時を待ってみることだ。 |
| 事が成るには、それにふさわしい時がある。 |
| 童心 |
| ”県民性”というものがあるとすれば、 |
| 我が郷里の山口県民のそれは、 |
| 「無邪気な童心」と言えるかもしれない。 |
| いくつになっても、スイッチ一つで容易く”童心”に還れる特性である。 |
| かの吉田松陰から始まる幕末、維新での長州人の活躍も、 |
| この特性が寄与するところが大きい気がしている。 |
| 無邪気な童心は言い換えると「好奇心」である。 |
| 多少なりともその血をひく吾輩にも思い当たる節は多い。 |
| 大河ドラマ「花燃ゆ」が低視聴率にあえいでいると聞くが、 |
| 登場人物の中に「無邪気な童心」をさがしながら見るというのも |
| おもしろいかも知れない。 |
| 夫婦げんか |
| 飼い主を見れば尻尾をふって近づいてくる犬もこの時は近寄らない。 |
| 犬も手を焼く夫婦げんかだが、 |
| けんかになるうちはまだ修復できる。 |
| しかし、対立の構図はそのままで、どちらかが我慢し始めると、 |
| 表面は穏やかに見えても、修復は困難になる。 |
| 夫婦げんかは、 |
| どちらかを黙らせるけんかであってはならない。 |
| メッセージ |
| 届けと願う思いがある。 |
| 届かないとわかっている思いもある。 |
| 届けたいと思う気持ちがある限り、 |
| メッセージは相手の近くまでは行っている。 |
| 気配だけでも感じてもらえるといいのだが・・・・・・ |
| 大 |
| 大きいもの、強いものがよい、という価値観を我々は幼いころから刷り込まれて育ちます。 |
| だから、 |
| いくつになっても、小より大、弱より強を無意識のうちに追い求めるのです。 |
| 決して悪いことではありません。 |
| ただ、どこかで、だめだと思っている小や弱にもすばらしいところがある、と学ばなければ、 |
| 一人よがりでつき合いにくい人間になってしまいますね。 |
| 親 |
| 母親が母としてやさしくなれるのは、 |
| 自らが生み出した命を無条件で守ろうとするからである。 |
| 父親が父として厳しくあろうとするのは、 |
| その命が風雪に屈して倒れてほしくないと願うからである。 |
| 親がそれぞれの思いでそろってわが子を慈しむから、 |
| 子どもは間違わずに育っていく。 |
| あなたも私も彼も彼女も、 |
| みんなそうして大きくなった・・・・・・ |
| 彩り |
| 人生に”彩り(いろどり)”を与えてくれた人がいる。 |
| そう多くはない。 |
| 人生を一編の映像集に例えると、 |
| 大半は色彩のない「モノクロ映像」で綴られる。 |
| しかし、ところどころに鮮やかな色彩のひとコマがあり、 |
| それが全編を豊かにしている・・・・・ |
| 大切な出会いにはそんな働きがある。 |
| 四捨五入 |
| 人間、ある年齢になると、 |
| ”四捨五入”で生きていくようになる。 |
| 切り捨てたり、切り上げたり、ものごとを”およそ”で計るという意味で・・・・ |
| 細かい計算はやめて、概算で生きていけるようになれば、 |
| もう立派な年寄りである。 |
| 親切 |
| 他人の親切が身にしみた経験がある。 |
| 涙が出そうになり、固まりそうになる心を解きほぐしてくれた。 |
| 人は、打算や利害からではなく、 |
| 共に生きる仲間として手を差し出すことができる生き物なのだと教えられた。 |
| 人が人としてこの世に生きるなら、 |
| 一度は経験しなくてはならないことのように思える。 |
| 友へ |
| 意地っ張りで、負けず嫌いで、それでいて飛びっきり誠実で・・・・ |
| それが君だと思っている。 |
| 私の知る限り、 |
| 君はこの世で一番”夢”と言う言葉が似合う人間だ。 |
| 大きな夢を見るにはお互い、いささか齢をとりすぎたが、 |
| ささやかな夢ならまだ間に合うだろう。 |
| 新しい夢が、君の中に育っていることを願っている。 |
| 同じことを |
| 捨ててきたものの中に、 |
| 手放すべきではなかったものがあった・・・・ |
| そう思うなら気をつけたまえ。 |
| 近い将来、 |
| また同じことをやってしまうかもしれないから・・・・ |
| 会話 |
| 「ただいま」・・・「おかえりなさい」は、 |
| この世で最も短く、温かい熱を持った会話である。 |
| 戻るべきところに戻る者と、 |
| そこが戻るべきところだと伝える者とが、 |
| 何の利害もなく結ばれている。 |
| この会話が消えた時から、 |
| そこは”戻るべきところ”ではなくなる。 |
| 輝く |
| 今は美しく輝くものも、 |
| やがてその輝きを失い、色あせていく・・・・・ |
| 生々流転の定めはいつの世も変わらない、ということが、 |
| ようやく理解できるようになる年齢というものがあるようだ。 |
| 目先の輝きに目を奪われることがなくなる年齢でもある。 |
| だが、あわてることはない。 |
| 輝くものが美しく感じられるなら、 |
| 今はそれをしっかり享受すればよい。 |
| 人生には、そういう時期もある。 |
| 再掲 |
| 深い人間か否か・・・ |
| 取り返しのつかない悔いるべき過去をもっているかどうかで |
| それは決まる。 |
| ものさし |
| 老眼になってぼやけるのは、 |
| 何も小さな活字だけではないようだ。 |
| 他人を計る”ものさし”の目盛りもぼやけてくる。 |
| その結果、以前なら自分のものさしでは計れず、 |
| とうてい許容できないと思っていた他人の生き方も、 |
| 「そういう生き方もあるのかもしれない」と思えるようになる。 |
| 人間が円くなる・・・と言うのは、 |
| ものさしの目盛りが少し曖昧になる現象なのかも知れない。 |
| 別れ |
| 別れには、 |
| 見送る者と見送られる者がいる。 |
| さびしさや切なさは共通するが、 |
| その大きさはなぜか”見送る者”の方が圧倒的に大きい。 |
| 何ゆえ? |
| 去っていく者が抜けた空洞も合わせて埋めなくてはならないからである。 |
| その空洞を埋める作業は、 |
| それが大切な人であればあるほど |
| 切なくて、しんどい。 |
| 音信 |
| 今度会ったらこんなことも、あんなことも話してみたい・・・・と思っているうちに、 |
| 一年たち、三年たち、そのうち沙汰やみになって音信が途絶える。 |
| それが通常なのだ。 |
| 今でも音信があり、話したいことが山ほどある人なら、 |
| 何か特別の縁で結ばれた人である。 |
| おそらく生涯忘れられない人になる。 |
| 経験 |
| かつて去っていく人を見送った経験は、 |
| いま身近にいる人を大切に思う気持ちにつながっている。 |
| 追憶の心情は、 |
| 寂しさとともに、自分が守るべきものをあらためて教えてくれる。 |
| 持ち味 |
| 君の、最も君らしい”持ち味”は何だ・・・と聞かれて、 |
| 即答できる者は少ないだろう。 |
| 一度じっくり考えてみてはどうだ。 |
| 迷いがあるなら、 |
| 答えは必ずそこにある。 |
| 絆 |
| 手をつなぐはずだったのに、そうはならなかった・・・・・ |
| 残念だが、その後悔は生涯つきまとう。 |
| 人と人が絆を結ぶというのは、決して容易なことではなく |
| 信じがたいほど厳粛で、重いことなのだ。 |
| たった一度の生涯の中で、心が震える出会いなどというものは |
| ほんの数えるほどしか訪れない。 |
| その一つを成就できなかったとすれば、 |
| 後悔は深淵であって当然である。 |
| 四月 |
| 新しい職場や学校や環境での生活が始まって間もなくひと月・・・・・ |
| 慣れないことや失敗もあるだろうが、日々が充実しているなら言うことはない。 |
| 「五月病」というものがあるのに「四月病」がないのは、 |
| 期待や夢や緊張がまだ健在だからである。 |
| こんなはずではなかった・・・ということにならないために、 |
| 過度の期待や緊張でふくらみ過ぎないことだ。 |
| ふくらむのはいいが、ふくらみ過ぎると、 |
| あとはしぼむだけになる。 |
| 途中下車 |
| 年を重ねると、 |
| もう胸がときめくような出会いは滅多にやってこなくなる。 |
| だから、そう思える最後の出会いにひとしお愛着がわく。 |
| 途中下車し、降り立った駅の景色が心に残るように、 |
| 人生の旅路の最後の途中下車は、 |
| なぜか強く心に刻まれる。 |
| 枯淡 |
| 高名な芸術家の作品に共通するのは、 |
| 晩年の作品に見られる”枯淡”の趣きである。 |
| ギラギラした野望のようなものが消え、 |
| 行雲流水のような爽やかさがにじみ出る・・・・・ |
| 命を削りながら表現と向き合う人たちの枯淡には到底及ばないが、 |
| 命の限り生きるということに関しては、 |
| 真似はできる。 |
| 一級品 |
| 君もなかなかやるじゃないか・・・ |
| 先輩や上司からそう言われるとうれしいものだ。 |
| さりげなく伝えるほめ言葉の中でも、一級品である。 |
| 多用すると効力は減るが、 |
| 機を見て遣うと、これに勝る言葉はない。 |
| 先輩や上司と呼ばれる諸君、 |
| 心得ておくことだね。 |
| 出会う |
| 人は、自分という人間の器に見合った人間だけに出会う。 |
| 以上でも以下でもない。 |
| あっという間 |
| 楽しいことはすぐに終わり、 |
| 楽しい日々はあっという間に過ぎていく・・・・ |
| ほんとうにそうだね。 |
| でもね、つらいことやおもしろくないことも、 |
| きっと同じなんだよ。 |
| ずっと続くと勝手に思いこんでいるだけで、 |
| なあに、過ぎてみればそれだってあっという間だよ。 |
| 負け方 |
| 「負け方」というものがある。 |
| 人生では負けることも多いのだから、いかにうまく負けるか、ということも |
| 賢明に生きていくうえで大事なことだ。 |
| 負け方を知らないまま齢をとって、いきなり負けに直面すると |
| 打ちのめされて立ち直れない場合が多い。 |
| 負け方は、若いころにうんと負けて、痛い目に遭い、 |
| 傷ついた経験が教えてくれる。 |
| その時の敗因と教訓こそが、「負け方」の極意である。 |
| 同居 |
| 心の中に棲みついたものを消すことはむずかしい。 |
| ほとんど不可能だと言ってもよいだろう。 |
| 思い出さないようにするのが最善の対処法だが、 |
| 簡単にいかないのが人間の定め・・・・・・ |
| 結局、折り合いをつけながら同居することになる。 |
| 気が変われば向こうから出て行ってくれるだろうから、 |
| 無理をして追い出すこともない。 |
| 自分を選んで棲みついたのだから、 |
| きっと、それなりのわけがあったのだろう。 |
| だれも、何も棲みつかないというのもさびしい。 |
| 格調 |
| 格調高く・・・という言葉が好きだ。 |
| なかなかむずかしいことだが、そのように生きられたらいいと思っている。 |
| 低俗で、品のないものが横行する昨今だから、 |
| なおさら格調は高くないといけない。 |
| 格調を高く保つ方法は一つ・・・ |
| ホンモノを求め続けることだと思っている。 |
| 格調が低いと感じるのは、 |
| どう取り繕おうと、ニセモノのにおいがするからだ。 |
| 泥水 |
| 泥水を飲んだ経験は、 |
| 清い水が飲めるようになっても忘れられない。 |
| 清い水しか飲んだことのない者には決して理解できないその味の記憶が、 |
| 飲んでも泥に染まらずに生き永らえる術を教えてくれた・・・・・・ |
| そう思いながら生きてきた人間は多い。 |
| 奇跡 |
| 出会えたということがどれほど感動的で、稀有のできごとであったか、 |
| それがほんとうにわかるのは、 |
| 年を経て、人生も終盤になってからであろう。 |
| 人の一生は、出会いと別れでつくられるということが理解できる年齢にならねば、 |
| 奇跡ともいえる一つの出会いの価値は計れない。 |
| あの出会いはまさに奇跡であった・・・・ |
| そう思える出来事が重なって、いまの自分がいる。 |
| 苦労 |
| 子育ての大変さや苦労は、 |
| 時間が経てば、たいてい忘れてしまいます。 |
| 自然界の生き物はそのようにできているようです。 |
| もしも忘れられないと、次の子どもを育てる意欲は生まれないかも知れませんから・・・・・ |
| 大変な苦労をして育てたのはまちがいないのですが、 |
| 不思議なことに、 |
| その時には大変ではあっても、苦労だとは思わないのです。 |
| もしかすると、 |
| 自分も親にこんな苦労をかけて育ててもらったんだという気持ちが |
| どこかで支えになっているのでは・・・という気がします。 |
| 愛情の連鎖ですね。 |
| 別れ |
| もっといっしょにいたい、と思う時に限って |
| 別れがやってくる。 |
| 別れは、思いのほか嫉妬深いのかもしれない。 |
| 故郷 |
| 山奥の小さな分校でも、都会の大きな学校でも、 |
| 全く同じ水準の教育が受けられる・・・・ |
| 考えてみればすばらしいことだ。 |
| それなのに、地方の子どもたちは都会の子どもたちに引け目を感じてしまう。 |
| 何ゆえ? |
| 田舎は都会に劣る、という大人の社会の意識を子どもたちが学んでしまうからだ。 |
| 君たちはほんとうにすばらしいところに住んでいるんだよ、と、 |
| だれかが本気で教えてやらないと、 |
| 子どもは胸をはって故郷を誇れない。 |
| 道 |
| まっすぐな道は人間の都合でつくられた道である。 |
| より速く、より快適に・・・ |
| それは車で移動することを前提にしている道であり、 |
| 人が歩くということを想定してはいない。 |
| そんな道を歩いてみると、疲れが倍増するだけで、ちっともおもしろくない。 |
| 人の歩く道は、地形に合わせて曲がりくねっていくものだ。 |
| まっすぐな道でさびしい 山頭火 |
| 道でも人生でも、まっすぐなだけではさびしいのである。 |
| 何か |
| 満たされているはずなのに何かが足りない・・・・・・ |
| そんな気持ちになるとき、わけもなく人はさびしくなるものだ。 |
| 原因は、明白である。 |
| 「こんなはずではなかった・・・・」という思い。 |
| 人間は欲張りなので、客観的にどんなに満たされていても、 |
| 「こうなるはず」という思い込みが満たされないと、 |
| 欲求不満で落ち着かなくなる。 |
| 響き |
| ショパン作曲、「夜想曲(ノクターン)20番」・・・・・・ |
| ピアノの詩人と言われた彼の「遺作」となった作品だそうです。 |
| 短い作品ですが、淋しくて人恋しくなったとき、 |
| ぜひ聴いてごらんなさい。 |
| 証し |
| 人生に三日だけ、熱く燃え、輝いた日があったら、 |
| それだけで人は生きていける・・・と言った人がいます。 |
| 若いころ、そんなばかな・・・と思いましたが、 |
| 今なら、そういうこともあるだろうと納得できそうです。 |
| 三日は極端でも、 |
| たった一つの思い出が生涯心を温め続けてくれる、ということは理解できます。 |
| 人間は、 |
| おのれの生きた証しを求める生き物だという気がしてなりません。 |
| 捨てる |
| 自分の都合で捨てたのだから、 |
| その結果生じた事態に文句は言えない。 |
| 「しまった」と思うのなら、捨てる前にもっと考えるべきであった。 |
| 自分には不要だという意思表示は、 |
| 多くの場合、何かや誰かを傷つける。 |
| 心得ておくべき真理である。 |
| またいつか |
| またいつかお会いしましょう・・・・・ |
| そう言って別れた人と再び会えることは少ない。 |
| 「またいつか」は、もう二度と会えない予感をはらんでいる。 |
| もう一度会いたい人には、 |
| 使えない。 |
| 余韻 |
| この人と出会ったから、味気ない日々がほんの少しの間でも輝いた・・・・・ |
| 今目の前にいなくても、 |
| 輝かせてくれた余韻に力をもらって生きていける。 |
| 人生の途中で、そういう人に出会えたのなら、 |
| ほんとうによかったじゃないか。 |
| 恩 |
| よくよく考えてみると、 |
| 苦しい時や大変な時に、助けてもらったのはいつも親であった・・・・・ |
| 他人なら決して忘れないその恩だが、親のそれは忘れてしまいがち。 |
| それでいいのだ。 |
| 見返りを求める親などいないし、恩知らずとなじる親もいない。 |
| ときどき思い返してその恩を感じるなら、 |
| 親の元気なうちにできるだけ顔をみせてやることだ。 |
| そして、自分が親になった時、わが子に同じことをしてやること・・・・・ |
| 親はそれで十分報われる。 |
| 持ち味 |
| 音階には「メジャー(長調)」と「マイナー(短調)」がある。 |
| 音階とは一見関係のなさそうに思える人間だが、 |
| にじみ出る雰囲気、あるいは生き方の根幹に流れる調子を見ると、 |
| どうもこの二種類があるという気がしてならない。 |
| 強いて言うなら自分はどちらの人間かを知っておくのは、 |
| 決して無駄なことではない。 |
| うまくいかなかったり、落ち込んだりする原因の中には |
| この「調」の混同や取り違えがあるのではないだろうか。 |
| 基本的に「長調」の人間が「短調」の生き方をしようとする、あるいはその逆・・・・・ |
| バランスが崩れて落ち着かない。 |
| 要は、それぞれの持ち味を生かすこと。 |
| 営み |
| 人には人それぞれの暮らしの営みがある。 |
| 誰もが大切なものを守り、しあわせになろうとしながら生きている・・・・・・ |
| 今は、自分や家族のことで精いっぱいで、 |
| 他人のことなど気にする余裕はないかも知れないが、 |
| よく考えてみればそんな”あたりまえ”のことが実にすばらしいことだとは思わないか。 |
| 山奥に住んでいると、 |
| 街にいるときには感じなかった、そんなことが、 |
| 妙にくっきりとしてくるんだ。 |
| 顔 |
| いい顔でありたいと思う。 |
| いい顔とは?・・・・ |
| 生きてきた年輪、越えてきた障壁が見える顔である。 |
| そこらの青二才たちがどんなに望んでも届かない、至高の顔である。 |
| 甘えを寄せつけず、奥底にやさしさをたたえ、 |
| 真贋を見分け、それでいて人間臭い顔・・・・・・ |
| うーん・・・・まだちょっと無理だな。 |
| 見えている |
| カメとウサギの寓話・・・ |
| ウサギの敗因は相手を甘く見て油断したことだと教える。 |
| だが、その前にもう一つの敗因がある。 |
| 習性も能力も目的もちがう者どうしが競うという勝負を受けたことだ。 |
| 大の大人と幼稚園の子どもが足の速さを競うなんてこと、ありえないだろう。 |
| 競うというのは、互角の力を持った者がやることだ。 |
| この話を聞いたある子どもが「ウサギはわざと負けてやったんだよ。」と言ったのを聞いて、 |
| この子には見えている、と思ったものだ。 |
| 忠告 |
| お前のためを思って言っているんだ・・・・ |
| と言いたくなる忠告には、 |
| 連動してわが身に降りかかるであろう影響を計算するホンネが隠れている。 |
| 兆候 |
| 老いの兆候は人それぞれだろうが、 |
| 「許せるようになる」というのもその一つ。 |
| なるほど、と思い当たる人は、 |
| いい具合に齢を重ねてきたと言ってもいいだろう。 |
| 許さないというのは、 |
| 相当大きなエネルギーを必要とするものであることは間違いない。 |
| 起点 |
| 人間はなあ、 |
| どう生きたって元々さびしい生き物だと思うよ。 |
| さびしいから、友達や仲間をつくり、伴侶を求め、家族を持とうとする・・・・・ |
| さびしい存在だと突き詰めて考えなくてすむように、 |
| だれかといっしょにいたいと思うんだな。 |
| そう思うからいろんなドラマが生まれ、 |
| 人生がおもしろく、味わい深いものになる。 |
| 人生の喜怒哀楽のほとんどは、そこを起点にしているとは思わないか。 |
| 器(うつわ) |
| その器ではない者がそこにいると、 |
| 人々の間を流れる”気流”に乱れが生じ、 |
| スムーズに流れなくなる。 |
| それに気がつかないか、気づいても平気でいられる者が、 |
| とんでもない手法でさらに気流をかき回す。 |
| 始末が悪いのは、 |
| 自分は器なのだから、中にあるものは、 |
| 自分の形状に従うものだと思いこんでいること。 |
| 場所 |
| ここを歩いた、ここで遊んだんだ・・・・という場所がある。 |
| なつかしい。 |
| 記憶の中にある、遠い昔のふるさとの小道や野原には、 |
| どうしてこうも温かいぬくもりがあるのだろう。 |
| 幼いなりにつらいことや悩みもいっぱいあったはずなのに、 |
| 無邪気な子どもでいさせてくれた・・・・・・ |
| 「いつでも帰っておいで」と、今でも言ってくれる場所がある。 |
| 失敗 |
| 人間には、 |
| うまくいった時を基準にして考える人と、 |
| うまくいかなかった時を基準にして考える人がいる。 |
| 前者が圧倒的に多いのだろうが、大きな誤りをしないためには、 |
| うまくいかなかった時を基準にして考え、 |
| どんな場合でも大丈夫なように周到に準備をする生き方を持つことだね。 |
| 用心深く、最悪に備える・・・・・ |
| 失敗を生かすということは、まさにこれに尽きるんじゃないかな。 |
| 仲間 |
| 五円玉や十円玉をにぎって近所の駄菓子屋さんに走った幼い頃の思い出・・・・・・・ |
| そこには、子ども心に色とりどりで魅惑の”別世界”がありました。 |
| どんなものがあったのか、すべては思い出せませんが、 |
| お目当ての菓子やおもちゃを手に、意気揚々と飛び出していったものです。 |
| そんな光景を共有している”仲間”が大勢いるんだと思うと、 |
| 何だか勇気がわいてきます。 |
| 同じ空気を吸い、同じものを見て、同じものを感じながら、同じ時代を共に生きた仲間たちに |
| 乾杯! |
| 色 |
| 自然界では、 |
| 派手な色を身にまとい、目立つほど外敵に狙われやすい。 |
| 人間は別だと考える愚か者が多い。 |
| 宿題 |
| 自分は一体何をするためにこの世に生まれてきたのだろう・・・・と |
| 思うことはありませんか。 |
| 深刻に考えると息が詰まりそうになるので、 |
| まあ気楽に考えてみましょう。 |
| 若い人は現在進行形なので、 |
| おもにこれは歳をとった者の宿題です。 |
| 答えが見つかり、自分が果たしてきた役割が自覚できた時、 |
| そういうことだったのか・・・と初めて自分という人間に |
| 出会えるのかも知れません。 |
| 「そういうことだったのか」というものに |
| もうめぐり会えたでしょうか。 |
| 人間 |
| 一番つまらない人間は、友だちのいない人間です。 |
| 一番おもしろくない人間は、他人の話を聞かない人間です。 |
| 一番いやな人間は、自信過剰な人間です。 |
| 一番ダメな人間は、挑戦しない人間です。 |
| 一番みっともない人間は、平気で他人の悪口を言う人間です。 |
| それでは、一番最高の人間は・・・? |
| どれにも当てはまらない人間です。 |
| 贈り物 |
| 親が我が子に与えてやる最高の贈り物は、 |
| 笑って暮らした子ども時代の思い出である。 |
| それが叶わなかった子どもが大人になると、 |
| 多くの人が笑い興じる輪の中に進んで入れない。 |
| 笑うことに一種の罪悪感を抱いたまま、 |
| 生きていかなくてはならない。 |
| 子どもは笑える環境の中で育てなさい。 |
| 仕事 |
| どんなにつまらなく思える仕事にも、意味があり価値があり、 |
| 誰かがそれを担わなければならない、ということはわかっている。 |
| 問題は、それを担うのが自分でなければならないのか、ということ。 |
| 自分がやることではない、と思うから身が入らないし、腹も立つ。 |
| 何を迷う。いまはこれが自分の仕事だ。 |
| 歴史 |
| 自分の知らない歴史を生きてきた人が、 |
| すぐ隣りや近くにいる。 |
| 自分に自分固有の歴史があるように、 |
| 彼らも、それぞれにいろんな喜怒哀楽を背負ってここにいるのだ、と思えば、 |
| 少なくとも敵対する関係は生まれないだろう。 |
| 無理をして好きになることはないが、 |
| 存在を認めることはできる。 |
| この人にはこの人の生き方があるんだ・・・・と。 |
| 尊敬 |
| 心から尊敬できて、この人にならついていこう、と思わせてくれた人物が、 |
| これまでに何人いただろう。 |
| 思いのほか少ないことに驚くのではないだろうか。 |
| そんな人と今でも親交があるなら言うことはない。 |
| 仮になくても、心の中に生きているなら |
| その思い出は大切にすべきだ。 |
| 力や利害によって、ではなく、人間としての魅力で心服させられたことが、 |
| どれほど得がたいことであるか、いずれわかる時が来る。 |
| 失敗 |
| 自分の失敗談を自慢げに話す人間にはなりたくない。 |
| やむを得ず話すときも、 |
| どこか後ろめたい気持ちで話す人間でいたい。 |
| 失敗はどれほど時間がたっても失敗なのであり、 |
| 誰かを傷つけ、自分を苦しめた事実は決して劣化しない。 |
| 忘れる努力をするのは構わないが、 |
| 失敗に時効はないと心得たい。 |
| 経験 |
| 一人暮らしをしている人に、 |
| 「さびしくないですか?」と聞く無神経さ・・・・・ |
| 気丈にふるまっていても、 |
| さびしくないわけがないと思い至らない鈍感さ・・・・・ |
| 世のはかなさや淋しさを一度でも味わった者には、 |
| そんな問いはできません。 |
| 他人の淋しさは、見て理解するものではなく、 |
| 心で感じて共感するものです。 |
| 自分らしさ |
| 自分が最高に自分らしさを発揮できるのは、 |
| 得意な分野に遭遇した時だと思われがちだ。 |
| しかし、実際にはその反対で、 |
| 最も苦手な分野に置かれた時である。 |
| 自信もなく、慢心もなく、途方にくれながらも、 |
| 懸命に向き合う時に、 |
| そこに最も自分らしい自分がいる。 |
| 灯り |
| 夜帰宅して、誰もいない部屋の灯りをつけて、 |
| 暖房のスイッチを入れる・・・・・ |
| まっとうな人間になりたいなら、 |
| 若いうちにぜひ経験しておくべき暮らしかもしれない。 |
| たとえ今は気楽でいい、自由だ、と思っていても、 |
| やがて、帰宅した自宅に灯りがともっていることに |
| 感謝したくなる時がくる。 |
| 温まる |
| ところで、今日は何かいいことがありましたか。 |
| いやなことばかりで終わる一日なんて、さびしいじゃありませんか。 |
| 何か一つでも小さな喜びや感動を味わいながら |
| 今日を終わりたいものですね。 |
| 一日の終わりに、それを確かめる習慣を身につけると、 |
| 信じられないほど、温まります。 |
| しあわせ |
| いま、この時しかない、かけ替えのない時間が流れる家族の食卓・・・・・ |
| 他愛もない話や休日の計画、幼稚園や学校でのできごとが話題となり、 |
| 満たされて、温かい空気に心安まるひと時・・・・・・・ |
| ”しあわせ”の、最もわかりやすい姿である。 |
| 相手 |
| 「ありがとう」も「さようなら」も「ごめんなさい」も、 |
| どれも相手との間合いを確かめる言葉だ。 |
| 「ただいま」、「おかえりなさい」は、 |
| しあわせを象徴する最も短い会話だ。 |
| これらはみな相手がいなければ必要のない言葉である。 |
| これらを使う相手がいるなら、 |
| 身に余る幸せである。 |
| 結婚 |
| 結婚とは、 |
| 家族になって、自分たちのしあわせを手さぐりで |
| 探していく営みの出発点である。 |
| 一人では見つからなかったしあわせも、 |
| 夫婦や家族になれば見つかる。 |
| なごり雪 |
| 昨日からの積雪50センチ・・・・・・ |
| なごり雪にしてはちと降りすぎである。 |
| 消えかかっていた屋根雪がまた増えた。 |
| だが、3月の雪にため息をつくことはない。 |
| 集落の師匠たちも |
| 「3月の雪はズク(根性)がねえだ。すぐに融ける・・・・」と言う。 |
| たしかに、日差しが出て気温が上がればこのくらいの雪なら一気に融けるだろう。 |
| 記録的な豪雪となった今年の冬も、バトンを渡して去る日が近い。 |
| 間もなく待望の春である。 |
| 残す |
| 残すもの、残してきたものが、 |
| 唯一、自分がこの世に生きた確かな足跡になる。 |
| それ以外に一体何があるというのか。 |
| 今日も明日も明後日も、、 |
| そのためにだけ汗を流そうではないか。 |
| そのためだけに喜怒哀楽をくぐろう。 |
| そうやっていくうちに、 |
| 大切な何かが残っていく。 |
| 美しい |
| どんなときも夢や希望を持て・・・という言葉は美しい。 |
| 美しいが、実行できる人間は少ないだろう。 |
| 苦境の中で打ちのめされているときには、遠い言葉だ。 |
| だが、その苦境を乗り越えたときにふと思う・・・・・ |
| あれほどの苦境からどうして立ち直れたのだろう、と。 |
| ほんのわずかでも希望を持ち始めたからだと気づくのに時間はかからないはずだ。 |
| 簡単には実行できないからこそ美しい・・・そんな言葉がある。 |
| 答え |
| あなたはいつも先に「答え」を求める人ですね。 |
| やってみなければわからない、そこまで行ってみなければわからない、 |
| 世の中にはそういうことははざらにあるのに・・・ |
| 白黒をはっきりさせれば確かにスッキリするでしょうが、 |
| ないのに求めようとするから疲れるのかも知れません。 |
| 答えがないということもあるのだとわかれば、 |
| ずいぶん楽になると思いますよ。 |
| 終わり |
| 人には、 |
| 曖昧な状態に耐えられなくなり、 |
| 白か黒かをはっきりさせたくなる時がある。 |
| イエスなのかノーなのかはっきりさせろ、と決断を迫りたくなったら、 |
| 多くの場合、もう終わりが近いと思ってまちがいない。 |
| 台本 |
| 出番の終わった役者は、どんなに拍手が鳴り響いていようと、 |
| 舞台から降りなければならない・・・・・・ |
| この春で現役生活を終わり、退職という人も多いだろう。 |
| 淋しさとともに、新しい生活への決意を固める時期だ。 |
| ”台本”はもう誰も用意してはくれない。、 |
| これからは、台本を自分で書くことが大事な仕事になる毎日が始まるわけだ。 |
| 何を、どう書いていいかわからなくても、心配はいらない。 |
| これまでの舞台での活躍がきっと支えになってくれるだろう。 |
| 落花は枝に還らず・・・・・・ |
| 長い間、ほんとうにお疲れ様でした。 |
| 愛している |
| 愛している・・・ということを別の言葉で言い表してごらんなさい。 |
| おそらく一言では終わらないだろう。 |
| そう・・・・いろんな気持ちをひっくるめて「愛している」と言うんだな。 |
| そういえば相手に伝わるからあまり気にしないけど、 |
| 要するにもともと曖昧な言い方なんだよ。 |
| 曖昧だから、この言葉で結ばれたと思っている関係は |
| こわれやすいのかも知れないね。 |
| 道 |
| 若者には、どこかで老人を見下すようなところがある。 |
| だが、 |
| 老人にも、どこかで若者をおろかな連中だと見下すようなところがあるものだ。 |
| 価値観のちがいがそうさせるのだろうが、 |
| 互いに老人だから、若者だから仕方がないと考えるので大きな問題にはならない。 |
| だれもがこれから通る道であり、 |
| だれもがかつて通ってきた道であることを口に出す者は少ない。 |
| 一期一会(いちごいちえ) |
| 一期一会は、現象としての事実であるが、 |
| 人生観の中に組み込まれると、 |
| 出会いと別れの奥深さをこの一言で理解できるようになる。 |
| 短く見れば、昨日や今日のできごと、 |
| 長く見れば人の一生・・・・・ |
| すべてがこの一言にあてはまると思えるなら、 |
| この言葉はもう、あなたのものだ。 |
| 存分に味わってみるがいい。 |
| 守る |
| 長い間探していたものがやっと見つかった・・・・ |
| 今、そう思いながら暮らしている人もいるだろう。 |
| 見つかったのは幸いだが、 |
| 今度はそれを守るという試練が始まる。 |
| 探すよりも何倍も難しく、根気のいる営みだ。 |
| その営みを苦痛ではなく、喜びにしてくれるものはただ一つ、 |
| 探していたころの夢やあこがれを忘れないことだ。 |
| 守る営みを”苦行”にしてはならない。 |
| 地道に |
| 吹けば飛ぶような小さな人間が、 |
| 吹かれても飛ばないように根を張り、屹立できるのは、 |
| おのれの小ささを知った時である。 |
| 地道に生きることの大切さを、 |
| 自分の芯として身につけたからこそ、 |
| 大きなものに巻き込まれ、流されることなく、 |
| 私は私である、と胸を張って風に向かって立てる。 |
| 夢見る |
| 夢のような話を夢見る時、 |
| 愚かなことだ、なんて思わないでください。 |
| 現実にはありえない想像の中の話が、 |
| あなたを温め、やわらかくしてくれています。 |
| だれにも気づかれずに、 |
| 夢のような話を夢見ればいいのです。 |
| 葛藤 |
| 怠けたい、逃げたい心と、それはだめだという心がせめぎ合う・・・・・ |
| いいんです。そんな時だってあります。 |
| 人間なんて、そんなもんなのだから、 |
| 弱い人間だ、情けない人間だと自分を責めることはありません。 |
| どっちが勝っても、 |
| 葛藤したという事実が次に役に立ちます。 |
| 同じだけ |
| 長い時間をかけて、 |
| 自分の幸せと同じだけ、 |
| 相手の幸せも考えられるようになる・・・・・・ |
| それが”夫婦”。 |
| 一言 |
| たった一言でがんばれる・・・・・ |
| 人と人のあいだにはそんな言葉があるんだよ。 |
| 大事な人のために、見つけてあげられるといいね。 |
| 雪どけ |
| 厚さ20センチもある氷とその上に積もった雪が、 |
| 凄まじい音とともに次々と屋根から落ちてくる。 |
| 雪どけである。 |
| 気温の上昇と雨のおかげで、人力ではとうてい歯が立たない氷や雪が、 |
| いとも容易く屋根から消える・・・・・・ |
| まるで「この冬の雪の峠は越えたぞ。よく辛抱したな」と言ってくれているような気がするのだ。 |
| あらためて自然の営みの力強さに感動する。 |
| まだ雪は降るのだろうが、 |
| これからの雪はどんなに降ろうが「なごり雪」・・・・・・ |
| 毎年恒例の氷落ちが始まると、 |
| 春は近い。 |
| 答え |
| 人が生きていくというのは、 |
| いろんな意味づけができるんだろうが、 |
| 結局、「残していく」ということだと思えてならないんだ。 |
| 何を残すかで、その人が生きた価値が決まる・・・・・・ |
| 残そうと思って生きるんじゃなく、 |
| 生きた結果、何かが残るんだ。 |
| 人生とは、と問われたら、 |
| 私はそう答えようと思っている。 |
| 旅人 |
| ”漂泊の旅人”と言えば何だかさびしい響きだが、 |
| 世の中の多くの人にあてはまるんじゃないかな。 |
| ふるさとを離れ、縁もゆかりもなかった土地で暮らしているという意味で・・・・ |
| 漂泊の旅人・・・・ |
| いい響きじゃないか。そんな人生も捨てたもんじゃない。 |
| やり直し |
| 人生はやり直しができない、ということなら誰もが知っている。 |
| だが、それが恐ろしいほど厳粛な事実であることに気づくのは、 |
| やり直す必要や機会のなくなった老年になってからだ。 |
| まだ十分に若く、やり直しができる出来事が目の前にあり、 |
| やり直すべきだと思うなら、 |
| 迷わず行動すべきである。 |
| 気がつけば |
| 婚姻届を出し、結婚式を挙げたから |
| 夫婦になれるのではない。 |
| 想像もしなかった喜びや苦しみ、あるいは悲しみ、 |
| その間の、気の遠くなるような平凡な日々を、 |
| 思いもしなかった強い絆で一つひとつ乗り越えていくから、 |
| いつしか気がつけば、 |
| 夫婦になっているのである。 |
| あのころ |
| 今が思い通りではない時に、 |
| 決まって口から出てくる言葉がある。 |
| ・・・・あのころは幸せだった・・・・・ |
| 覚えておこう。 |
| 真剣に |
| もし、ありがたくないものや厄介なものに出会っても、 |
| すぐに捨てないで一旦は受け取っておきなさい。 |
| おそらく持て余すことでしょう。 |
| しかし、持て余しながら、 |
| どうしてこんなものが自分のところにやってきたのだろう、と |
| 真剣に考えなさい。 |
| きっと何かわけがあったのです。 |
| 失敗 |
| 人生の一度や二度の失敗なんて大したことはない・・・・と言うが、 |
| 「大したことはない」と言えるまで生きてきた者だから言える。 |
| たった一度の失敗だって、その時は体が凍りつくほど大変な事態なのである。 |
| ただ、 |
| 先に生きた先輩たちがそう言うのだから間違いではないということを |
| 知っておいて損はない。 |
| そう言える日はよく生きていれば必ず来る。 |
| 心配 |
| 小心者である。 |
| 臆病でもある。 |
| だが、 |
| 勇気がないわけではない。 |
| ここぞという時には、自分でも信じられないほど大胆な決断と行動はできる・・・・・・ |
| そう思って生きていれば、 |
| 何も問題はない。 |
| 予定 |
| 楽しい予定があるんだね。 |
| いいことじゃないか。待ち遠しいことだろう。 |
| 心弾む予定を持てない人だって大勢いるんだ。 |
| 変わり映えしない毎日でも、時おりそんなことがあるから、人間がんばれるんだよね。 |
| 楽しい思い出になることを祈っています。 |
| 平穏 |
| いつもと変わらぬ職場に着き、いつもと変わらぬ挨拶を交わし、 |
| いつもと変わらぬ机について、いつもと変わらぬ仕事を始める・・・・ |
| いつもと変わらないから、 |
| きょうも平穏である。 |
| そこに在るもの |
| 風雪や風化に耐えながら、何年も何十年もそこに在るものには、 |
| まちがいなく”いのち”がある、と感じてしまいます。 |
| 一本の老木、苔むした石仏、巨岩、使われなくなった橋の橋脚、古民家・・・・・・ |
| 自分に残された時間が視野に入り始めると、 |
| そんなものが無性に愛おしくなります。 |
| 欲しくても自分にはないものを、 |
| これほどたっぷりと持ち、これほどはっきりと示してくれるものはありません。 |
| 人知れず |
| 人知れず泣いた経験を持つ者は、 |
| 他人の涙の半分は理解できる。 |
| 人知れず切ない別れを経験した者は、 |
| つながっていられる幸せのほとんどすべてを理解できる。 |
| 人知れず・・・にはそんな力がある。 |
| かつて |
| かつてそこにあったものが、そこにいた人が |
| 今はもういない・・・・・ |
| 寂しいと思うともう止まらなくなりそうなので、ふだんは思い出さないようにしている。 |
| だけど、 |
| 寂しいんだよね。 |
| いっしょにいられた日々がどんなに大切なものであったか、 |
| 今、それを噛みしめている人は多い。 |
| 才能と能力 |
| 才能がない、と嘆くことはない。 |
| 才能はなくても、能力はあるだろう。 |
| 持てる能力を最大限生かせばそれでいいではないか。 |
| 才能なんて、そうそう誰にもあるものじゃないんだから・・・・・ |
| 能力を活用しているなら、十分だ。 |
| 成長 |
| 幼児がダダをこねるのは、自分に関心を持って欲しいからですが、 |
| その習性が大人になっても抜けない人がいます。 |
| さすがに幼児のようなダダはこねませんが、 |
| 巧妙になり、演技力も向上し、一見すると真実味が感じられます。 |
| 見抜く方法は、 |
| 実力ではないもので人を引きつけようとしていないか・・・・その一点。 |
| 成長していない人とつき合うのは骨が折れます。 |
| 子どもたちへ |
| 持たせるべきものはちゃんと持たせたつもりだ。 |
| これからどう生きるか・・・それはお前たちの才覚だ。 |
| 親に頼ることはあっても構わないが、 |
| それは非常の時だと心得よ。 |
| 苦しい時に助けを求めるのは決して恥ずかしいことではない。 |
| 苦しい時を乗り越えたら、 |
| すなおに”ありがとう”と言えばそれでよい。 |
| 親はそんな日のためにいるのだから |
| 余計な気遣いは無用・・・・・・ |
| 世の親たち共通の思いである。 |
| 人間 |
| 私は権威にはめっぽう弱い人間です。 |
| 一度受け入れると、もう二度とその呪縛から逃れられなくなりそうです。 |
| だからあえて権威と呼ばれるものに反発します。 |
| 同じ人間なのだから、 |
| つき合う人間は尊敬できるかどうかで決めたいと思います。 |
| 本質 |
| 愛情の本質は、 |
| 大切なものが失われることへの潜在的な恐怖である、と言った人がいる。 |
| 飛躍した言い方だと思ったが、よくよく考えてみれば |
| 「なるほど・・・」と納得できる節もある。 |
| そうであれば、愛情を注ぐということは |
| 失われることの恐怖と精いっぱい闘っているということになるのだが、 |
| たしかにそう感じる時がある。 |
| 齢 |
| この齢になってわかってきたことがある。 |
| 人間は、その齢になると齢相応の考え方、感じ方が身についてくるということ・・・・・ |
| 好みや関心事や興味もどんどん変わっていって、 |
| 20年前の自分と同じ考え方や感じ方は今はもうできない。 |
| もちろん、変わらないものもあるが、 |
| 今は今の年齢相応にものが見える気がする。 |
| よくできていると思う。 |
| スノーモンキー |
| 長野県の志賀高原の入り口にある”地獄谷温泉”・・・・ |
| ここには今や世界中から観光客がやってくる名所がある。 |
| 野生のサルたちが温泉に入る姿が見られる”地獄谷野猿公苑”である。 |
| 世界中に「スノーモンキー」として紹介され、 |
| この時期スキーにやってきた外国人のためのツアーも組まれて、大人気・・・・・ |
| 地元の一人の鉄道マンが少なくなっていく駅の乗降客を増やそうと、 |
| 野生のサルたちの餌付けを始めたのだそうだ。 |
| サルたちが温泉に入ることをめざしたのではなく、 |
| それは偶然の出来事だったと言う。 |
| エサに与えたリンゴが温泉の中に落ちて、 |
| それを拾おうとした子ザルが温泉に入ったのが始めだとか、 |
| 初めは子ザルたちの遊びであったが、やがて親ザルたちも真似をして入るようになったのだと言う。 |
| 二、三度お邪魔したが、いつ見ても癒される光景である。 |
| いい湯だなぁ・・・・・は人もサルも使える共通語である。 |
| 強い |
| やさしいものって、ほんとうは強いんです。 |
| 折れないんです。・・・・苦しいほどにしなるけど、結局折れないんです。 |
| 強がりを捨てて、苦しい時には思い切り不恰好にしなってもいいじゃないですか。 |
| やわらかくしなったものが、 |
| ほんとうに強くて生き残るんです。 |
| 好きになる |
| 好きになるというのは、何か響き合うものがある時だ。 |
| 何が響いているのだろうと、その正体が知りたくて近づくものだ。 |
| 知りたいのに正体がわからないから気になってしかたがない。 |
| それが”好きになる”ということ・・・・・ |
| 何も響かない人や物を無理して好きになる必要はない。 |
| 顔 |
| いいかげんにやってうまくいくより、 |
| 一生懸命やって失敗するほうがいい、とよく聞く。 |
| その通りだと思えるようになるまでに重ねた失敗が、 |
| その人間の「顔」を作る。 |
| ほぼまちがいなく、それは「いい顔」になるな。 |
| 正真正銘 |
| 人生の前半は、何とかして手に入れようと奮闘する道のりです。 |
| 後半は、重荷になり始めたそれらを一つひとつ捨てていく道のりです。 |
| 捨てられずに最後まで残ったものが、 |
| 正真正銘の”わたし”・・・・・・ |
| 重い荷を背負ったまま歩ける道ではないので、 |
| 身軽になったと感じられれば、 |
| 捨てたものも報われます。 |
| 人間 |
| 苦労してやっと手に入れたものがあるだろう。 |
| 愛着が湧き、その輝きをいつまでも保ちたいと思うはずだ。 |
| その熱意が消えないかぎり、 |
| 人はそう簡単には倒れたりしない。 |
| どんな難題や窮状も、それを守るためなら |
| 歯を食いしばってでも耐えられる。 |
| それが人間だと思う。 |
| 再度 |
| 忘れない・・・・ |
| だけど思い出さない・・・・・ |
| 人生には、それがいちばんいいということもある。 |
| 応援歌 |
| がんばれ、とは言いません。 |
| 君はいつだってがんばっているではありませんか。 |
| 全力でやれ、なんて言いません。 |
| 君は手抜きなんかしない人だからです。 |
| 無理をするな、とも言いません。 |
| 無理を承知でやらなくてはならないことだってあるからです。 |
| 君は君・・・・ |
| ありったけの君らしさで進んでください。 |
| 遠い空の向こうで、君の活躍を祈っている人間がいます。 |
| 準備 |
| 豪雪の中、ふと目にした庭の白樺の枝に、 |
| たくさんの新芽が固いつぼみで寒さに耐えていた。 |
| もう準備を始めているのだ。 |
| 先日からの大雪で、枝が弓のように湾曲し、折れるのではないかと心配したが、 |
| さすが雪国育ちの白樺、雪をはねとばし、また復活した。 |
| こんな大雪の中なのに、雪どけの春の足音が彼らには確実に聞こえている。 |
| そうか・・・・君らに負けてはいられないな。 |
| 欲しいもの |
| 欲しいものは?と言われればいろんなものを思いつく。 |
| だが、ほんとうに欲しいものはそれらの中にはないだろう。 |
| どうせ考えても無駄だから、とだれも真剣には考えないが、 |
| 一度考えてみるとよい。 |
| ほんとうに欲しいと思うものが、 |
| いまの自分を悩ませている。 |
| 時間 |
| あなたにしか過ごせない時間を |
| もっともあなたらしく過ごしてください。 |
| そう・・・・あなたに与えられた時間を、あなたらしく・・・・・・ |
| いつの間にか |
| いつの間にかこんな齢になりました。 |
| いつの間にか孫に囲まれる暮らしをしています。 |
| そして、 |
| いつの間にかこんな山奥に住んでいます。 |
| いつの間にか・・・・・・・ |
| 実際にはさまざまな喜怒哀楽を経てきたのですが、 |
| 気がつけば、そう・・・すべては「いつの間にか」になるのです。 |
| この「いつの間にか」と思えることが、 |
| 人生では思いのほか大事なことだとわかってきました。 |
| 効率 |
| 統廃合や合併・・・・どんな理由をつけようと、 |
| 要するに「効率」が悪いと判断された時に話題になる。 |
| 効率って何だろうね。 |
| 人間なんて、もともと効率の悪い生き物じゃないのかね。 |
| 効率が悪いから、おもしろいんだと思うよ。 |
| 不思議 |
| 日本人はなぜ姿が見えなくなるまで見送るのか・・・・・ |
| 多くの外国人たちには不思議で仕方がない日本の風習だそうだ。 |
| なるほど、言われてみると確かに見送るという行為には |
| 姿が見えなくなるまで・・・という事実がある。 |
| そうすることが当たり前だと思って見送っているので、 |
| なぜ?と問われると困ってしまう。 |
| あなたなら何と答えるだろうか。 |
| 関係 |
| どんな場合でも |
| 二者択一の決断をせまる関係は、 |
| もう終わりが近い。 |
| 道連れ |
| 通り過ぎて行ったのか、 |
| 自分が追い越してしまったのかは定かではありませんが、 |
| あんなにたくさんいたのに |
| いつの間にか並んで歩く人の姿が見えなくなりました。 |
| さびしい気もしますが、それも仕方のないことかも知れませんね。 |
| 所詮、人生も最後は一人になる道中なのですから・・・・・ |
| 一人でも道連れがいるならありがたいことです。 |
| 試練 |
| 冗談では済まなくなった。 |
| この冬の大雪である。 |
| 年末から始まった雪が止むことを知らずに連日降り続いている。 |
| 家の周囲には除雪で飛ばした雪も含めて3メートルの壁ができ、 |
| 尋常ではない降り方だ。大雪警報が何度も発表された。 |
| 例年なら一冬で3,4回の屋根雪おろしも、もうすでに5回、 |
| 連日の除雪で、足腰や肩が悲鳴をあげている。 |
| 近所の空き家では屋根から落ちた雪がもう2階を越えて大屋根に達しようとしている。 |
| まだ1月の半ば、このまま降り続けば家全体がすっぽり雪の中に埋もれてしまうだろう。 |
| 村の除雪車も日に2度やってくるが、多い日にはそれでも追いつかない。 |
| 地震といい、大雪といい、 |
| 自然に対して一番謙虚に生きている山里に、 |
| 試練は続く。 |
| 遭遇 |
| おじさんたち”団塊の世代”は、 |
| それぞれが忘れられない食べ物との遭遇を経験している。 |
| イモと麦飯の日々に突如現れた驚愕の食べ物・・・・・ |
| 未知との遭遇・・・私にとってのそれは、「茶碗蒸し」であった。 |
| 世の中にはこんなおいしいものがあるのかと、感動したことを思い出す。 |
| 以来、茶碗蒸しは私にとっては特別な食べ物となった。 |
| 飽食の時代だと言われ、感動する食べ物に出会う機会も減ったが、 |
| 心に残る一品を持てたことは、思いのほか幸せなことなのかも知れない。 |
| もう一度 |
| できればもう一度・・・・と思うことは悪いことではない。 |
| できればよいのだが、残念ながらそう思うことのほとんどはもう無理だ。 |
| なぜなら、 |
| 自分でもその可能性がないことをわかっていてそう思うからだ。 |
| 夢と言えば聞こえはいいが、要するに”未練”なのである。 |
| できればもう一度、と思うことを減らすのも、 |
| 心穏やかに暮らす大切な手段である。 |
| 大人 |
| あんなにたくさんあったものが減って少なくなっていく・・・・ |
| 生まれ落ちた日から、それは始まっている。 |
| 少なくなっていくものが何であれ、 |
| その無言の脅威に促されて、 |
| 人は何かをやろうとし、何かを残そうとする・・・・・・ |
| 少なくなっていくものが見え始めたら、 |
| もう立派な大人である。 |
| 安全 |
| 石橋をたたいて渡る、と言えば、過度の用心深さを揶揄する言葉だが、 |
| 安全だと思われていても万一を考えて用心する心構えを私は支持する。 |
| 石橋だから大丈夫というのは、勝手な思いこみである。 |
| 安全だと信じ込まされて、それがあっけなく壊れる場面を何度も見てきたではないか。 |
| 石橋でもたたいて渡るのが賢明なのである。 |
| うしろ |
| 自分のうしろに誰が、どの位置にいるのか、 |
| いつもそれだけは確かめておいたほうがよい。 |
| うしろが無防備だという理由だけではない。 |
| 後に続く者たちとの間合いをつかむためだ。 |
| 離れすぎても、近寄りすぎてもいけない。 |
| バックミラーのない車は、こわくて運転できないだろう。。 |
| 青春 |
| 熱く生きた時代だった。 |
| 何十年も前の若き日々の出来事が時おり脳裏によみがえる。 |
| あの頃、自分もいずれ齢をとるなどとは、これっぽっちも考えたりはしなかった。 |
| 抑えがたい情熱に翻弄されながらも、懸命に自分であろうと苦闘した日々・・・・・ |
| 懐かしむだけでは進歩はないと言われるが、 |
| 思い出して胸が熱くなる記憶のおかげで、 |
| 今の自分がここにいる。 |
| 青春・・・・ |
| 実にいい響きではないか。 |
| 学ぶ |
| あなたは器用な方ですか、それとも不器用な方ですか? |
| 厳密に判断することはむずかしいでしょうから、 |
| 「まあ、どちらかと言えば・・・」で結構です。 |
| さて、そう聞かれて |
| 自分はどっちだろうと考えながら思ったはずです。 |
| 器用ってどういうこと?・・・・ |
| 問われなければ考えることもなかったことが、 |
| 問われて考えて初めて自分のものになる・・・・・ |
| それが”学ぶ”ということです。 |
| ちがい |
| 「森」と「林」の違いをご存じか? |
| ものの本によると、 |
| 人が生やして(はやして)いるのが「林」。 |
| 自然に盛り上がっているのが「森」だそうだ。 |
| 人の手が入り、使われている場所が「林」で、 |
| 手つかずの自然そのままに木々に覆われた場所が「森」ということになる。 |
| 知っておくとためになる話である。 |
| 季節 |
| 古来より |
| 多感で血気盛んな時期を「青春」と呼び、 |
| 働き盛りの時期は「朱夏」、 |
| 老齢期になれば「白秋」、 |
| 人生の終末期を「玄冬」と呼ぶそうだ。 |
| 人生を彩るさまざまな出来事も、 |
| めぐる四季のごとく移ろい、景色を変えてゆくということか。 |
| 我が身はさしずめ”白秋”の真っただ中・・・・ |
| なるほど秋の気配は感じられる。 |
| 呼び名 |
| 幼い頃は愛称で呼ばれ、やがて名前で呼ばれ、肩書で呼ばれ、お父さんと呼ばれ、 |
| 最後には”おじいちゃん”と呼ばれる・・・・・ |
| 孫がかわいいのは、 |
| 他のだれもそうは呼んでくれない”おじいちゃん”という呼び名で |
| 自分を呼んでくれる唯一の存在だからである。 |
| 平穏 |
| 平穏はいつまでも続くものではないことを、身を以って学びました。 |
| ある日突然破られることもあるのだと教えられました。 |
| だからと言って悲観したくはありません。 |
| いつやってくるかわからない災いにびくびくしながら暮らす日常はごめんです。 |
| その時はその時だと腹をくくって、平穏な日常を守ればいいのだと思うことに決めました。 |
| その時はその時だ・・・・立派な覚悟だと思います。 |
| 自己嫌悪 |
| 世の中に悲観することもなく、おのれの境遇に押しつぶされることもなく、 |
| 年寄りが生きていけるのは、 |
| ”自己嫌悪”という感情がないからである。 |
| かつて自己嫌悪の源であった自分の短所はすでに無害化され、 |
| どうしようない自分でも不思議に愛おしく思われる・・・・・ |
| 多少の後悔と反省はあっても、 |
| 自己嫌悪で悩む年寄りはいない。 |
| 欲 |
| 心満たされる時があるから、 |
| 身を切る寒風にも立ち向かえる。 |
| 心癒される時があるから、 |
| 先の見えない苦痛にも耐えられる。 |
| 満たされたり、癒されたりするためには、 |
| 出来る限り”欲”を持たないことだ。 |
| 「もっと」や「もう少し」が心の中をウロチョロしているあいだは、 |
| 平穏が居座る場所がない。 |
| 後悔 |
| 「後悔はない」と威勢よく啖呵を切れればいいのだが、 |
| たいていそうはいかないものだ。 |
| 後悔しないつもりでやったことが、結局後悔の一番のタネになって |
| 悩ましい日々をおくる羽目になる・・・ |
| そもそも「後悔しない」と思うことが誤りなのだ。 |
| 人間は単細胞ではないのだから、どんなにうまくいったことでもなにがしかの後悔は残るもの。 |
| 後悔はしない、ではなく、 |
| 後悔するだろうがこれでやる、と腹をくくるのが最善の方法である。 |
| 感覚 |
| 気がつけばいつの間にかデジタルカメラの時代になっていた。 |
| フォーカスもシャッタースピードも露光もすべて器械任せ、シャッターを押すだけが |
| 「写真を撮る」ということになった。 |
| 便利と言えば便利だが、往年のカメラを知っている者にとっては |
| 少しさびしい気がする。 |
| 明暗やコントラスト、つまり”光”を自分で感じとる操作が |
| 写真を撮るということの楽しみであったのだが・・・・・ |
| 感覚を磨く機会がまた一つ、こうして消えていく。 |
| 別れ |
| 見えなくなるまで、後ろ姿に小さく手を振る・・・・ |
| 目の奥に熱いものがこみあげてくる・・・・ |
| 切なさが全身をかけめぐり、座り込んでしまいそうになる・・・・ |
| 忍びがたい別れを体験しなければ、こんな経験はできません。 |
| 気持ちよく別れられたらどんなにいいことか、 |
| そう思える別れを何度も経験して、 |
| 人として成長していくのです。 |
| 心地よさ |
| 春の山菜も、秋のキノコも、草花や木々たち、もちろん獣たちや鳥、魚、我々人間も、 |
| みんな同じ自然の中でいっしょに生きていて、 |
| 人間だけが特別えらいわけではない、ということが前提になっている暮らし・・・・ |
| みんなその環境に生かされていて、 |
| 人間だけが得をしているわけではないことがあたりまえの暮らし・・・・ |
| 都市やその近郊では味わえない、とっておきの心地よさで、 |
| 信じられないほど豊かで、心癒される世界である。 |
| 正月二日間で130センチを超える大雪だが、 |
| 春まで彼らといっしょに耐える暮らしに後悔はない。 |
| 祈り |
| 信じられないほどの幸運に恵まれたんですね。 |
| 困難な事態や災いに翻弄されたこともあったでしょうが、 |
| 何とか倒れずに立っているではありませんか。 |
| よく頑張りましたね。 |
| もう二度とその中で生きることのない2014年と訣別して、 |
| 新たな時空の中で生きる営みを始めましょう。 |
| いいこといっぱいありますように・・・・・ |
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